DeNA梶谷「まだまだうまくなりたい」 手術を経て自分と向き合い完全復活を誓う

週刊ベースボールONLINE

チームがCS争いをする中、骨折のため離脱した梶谷隆幸は右肩の手術に踏み切った 【写真:BBM】

 チームが3年連続のAクラス入りをかけて戦っている最中、本来ならグラウンドにいるべき男の姿が今年はない。8月に死球による骨折で戦線を離脱、その後は右肩の手術に踏み切った。筒香嘉智、ロペスと並び、ベイスターズ野球の象徴でもある梶谷隆幸は、1軍の動向を気にしながら、横須賀で自分と向き合っていた。

シーズン途中で手術を決意した理由

 複雑な思いはしまい込んだ。梶谷は現実と向き合い、明るくなるはずの未来にかけた。球団から、右肩のクリーニング手術を受けたことが発表されたのは8月20日。残りシーズンを棒に振り、横須賀にあるベイスターズ球場でリハビリに取り組んでいる。

「手術をせずに来年を迎えるなら、きっと同じことの繰り返しになる。やらずに後悔するより、やって後悔したほうがいいと思いました」

 攻守走、三拍子そろった男の苦悩は2年前の2016年にさかのぼる。「最初に痛くなったのは8月ぐらい。オフになれば治るだろうと考えていたんですけど……」。ラミレス監督の就任1年目は打率2割7分3厘、18本塁打と上々の成績を残し、球団初のクライマックスシリーズ(CS)進出を支えた。主軸の1人としてチームの成熟を肌で感じていた時期。しかし楽観視できるほど症状は軽くなく、翌17年の開幕直前に激痛が襲った。3月31日東京ヤクルト戦、「2番・ライト」で2安打。右肩をテーピングでガッチリと固定しての強行出場だった。

「痛くない日もあるんですけど、球がいかないんですよね……。思いっきり腕を振っても、とにかく球がいかない。毎日がものすごいストレスでした」

 5メートル程度のキャッチボールですら痛みを感じ、遠投をしても50〜60メートルが精いっぱい。「プロとしてどうなのか?」と自問自答した。17年の1年間、試合前のシートノックに入ったのはたったの3回。事の深刻さを示していた。

 レギュラーシーズンは137試合で打率2割4分3厘にとどまりながら21本塁打、21盗塁。球団では史上3人目となる「20本塁打20盗塁」をクリアした。2年連続でコマを進めたCSファーストステージでは、阪神を相手に打率5割3分8厘。広島を下したファイナルステージでも本塁打を放ち、チームは19年ぶりに日本シリーズの舞台を踏んだ。

 真正面から福岡ソフトバンクに挑みながら、ずっと解消されることなかった右肩の不調。11月4日の日本シリーズ第6戦では、皮肉にもラストプレーに関与してしまった。同点で迎えた延長11回2死一、二塁。川島慶三が放った右前打を拾い、本塁への送球が不運な形でイレギュラーした。

「あのプレーは肩が痛いとか、そんな問題じゃない。コースを外さず、きっちりとワンバウンドで(二塁走者を)刺せなかった。単純に僕の送球力、技術力のなさ。もろさだと思っています」

 DeNAにとってシーズン157試合目は、パ・リーグ王者の日本一を許すサヨナラ負け。肩が万全だったら? などと逃げ道はつくらず、捕手の嶺井博希にも「中途半端なところに投げてごめん」と後日、素直に謝罪の言葉を添えている。

 右肩は限界だったかもしれない。しかし、日本シリーズの雰囲気や緊張感を味わい、これまでの夢物語がそうでなくなる手応えがあった。「誰もが優勝と日本一という目標を口にしている。全員でそこを目指していきたい」。年俸も1億円の大台を突破。一度、手術を選択肢から消し、勝つために粉骨する決意を固めていた。長打力と機動力を発揮した17年は、一方で両リーグワーストとなる157三振。優勝への意志はラミレス監督も同じで、シビアな言葉で背番号3を刺激した。

「安定性を欠いた。不動のレギュラーでやっていくのは厳しいところがあったと思う。若手と競ってほしい」

 ここ数年はレフト・筒香嘉智、センター・桑原将志と並び、盤石だった外野3枠。ほぼ無風だった定位置争いから事実上のレギュラー剥奪だった。2月のキャンプはファームスタート。右肩とうまく付き合いながら、打撃を根本的に見直した。すべては三振を減らすため。逆方向中心、故意にファウルを打つ練習を繰り返した。1軍では新人の神里和毅が注目株に。2年目を迎える細川成也も和製大砲として成長が期待されていた。「気持ちよく打つ時間を減らしました。150も三振をすれば、使いにくくなるのは当然。三振する自分が悪いんです」。右背部痛などで開幕を2軍で迎えたものの、今季はここまで41試合、137打席で三振は21。137試合に出場した昨年(511打席)と比べれば努力の成果は明らかだった。

「打撃に関しては、すごくいいと思っていました。間違いなく課題が克服できていると。ホームラン(8本)のペースも良かったので」

 14対5で大勝した5月25日のヤクルト戦では、2本塁打を含む5安打4打点。復権への歩みは確かで、力強かった。それでも、肝心の右肩は一進一退。シートノックに穴を空けることはなかったが、全力投球には程遠かった。

「軽く投げるしかなかった。シートノックから見てくれているファンの人にも申し訳ないし、投げるたびに惨めになっていきましたね」

 メンタルのバランスを整えることは相当に難しく、この時点でオフにはメスを入れることを視野に入れた。8月1日の巨人戦では吉川光夫から死球を受け、右手尺骨を骨折。今季中の復帰が厳しくなり、冷静に自分と向き合った。

「これ以上、ストレスを抱えるのは厳しい。シーズンに間に合わないなら、今ここで手術したほうがいい。もし手術してもダメだったら、腹をくくればいい」

 過去に自身と似た症状で手術した綾部翔、育成の水野滉也ら後輩投手にも経験談を聞き「マイナスは絶対にない」と決断した。右手中指の骨、左手人さし指の血行障害に続く3度目の手術。「やって良かったね」と担当医の言葉は、視界を明るくしてくれた。

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