「残留に向けて」試される指揮官 J2・J3漫遊記 FC岐阜<前編>

宇都宮徹壱

「生まれて初めて」守備的なカードを切った理由

松本とのトレーニングマッチを終えた大木監督。「残留に向けた戦い」に舵を切るか? 【宇都宮徹壱】

 翌9月2日、岐阜から名古屋に出て、特急しなのに乗って松本に向かった。この日、岐阜は松本山雅FCとトレーニングマッチを行う。会場となるかりがねサッカー場は、公共交通機関でアクセスできないので、松本ファンのMさんに車で運んでもらうことになった。現在2位の松本だが、ここ3試合勝ちがない。サポーターの反応を聞いてみると「けっこうネガティブですね。『このままだと来年はJ3で(AC長野パルセイロと)信州ダービー復活だ!』なんて意見も聞きます」とMさん。岐阜サポが聞いたら何と思うだろうか。

 この日の松本は快晴。真夏を思わせる日差しがじりじり照りつける中、それでも多くの地元ファンが数多くスタンドに駆けつけていた。岐阜も松本も、もちろん昨日の試合にサブだった選手が中心。メンバーは大きく変わっても、岐阜のシステムはいつもの4−3−3であった。今でこそ順位は2位と18位だが、第18節の時点では5位(松本)と7位(岐阜)で、その差はわずか3ポイントであった。昨シーズンの主力だった庄司悦大、シシーニョ、大本祐槻を引き抜かれたことを思えば、岐阜の前半戦は大健闘であった。

「ところがこの夏、今度は古橋(亨梧)を引き抜かれたんですよ。あれは痛かった」──ある岐阜のサポーターは、感情を抑えながらそう語る。中央大から加入して2年目の古橋は、今季は左ワイドのポジションからチーム最多の11ゴールを挙げていた。しかしその活躍ぶりが仇となり、J1のヴィッセル神戸に引き抜かれてしまう。折悪しく、田中パウロ淳一やライアンといった前線のプレーヤーの負傷も重なった。ここ3試合、ノーゴールが続いているのも、無理もない話である。

 松本とのトレーニングマッチは1−2で終了。岐阜の1点は、パスワークを駆使して生まれたものではなく、DFの北谷史孝がセットプレーからヘディングで決めたものであった。試合後、大木監督は松本の反町康治監督とずっと立ち話をしている。同時期に日本代表のコーチとして働いていただけに、気心がしれた部分もあるのだろう。ようやくひとりになった大木にコメントを求める。時間が限られていたので、大宮戦での後半37分の交代に絞って質問してみた。すると、守備的な交代だったことを認めた上で、指揮官はこう言い切った。

「はい、守備的なカードを切りました。生まれて初めて(の采配)ですが、『残留を考えて』というわけではない。連敗の悪い流れを断ち切りたかったので、後ろを固めて引き分けでもいいという気持ちはありました。それは正直な気持ちです。ただ、これまでのサッカーを封印するつもりはないですね」

「勝ち点40」に向けた岐阜の戦いは続く

今は岐阜で湯麺屋を営みながら「いちファン」として応援する、元日本代表の戸塚哲也 【宇都宮徹壱】

 松本からの帰り道、岐阜駅を通り過ぎて穂積駅で下車。そこから12分ほど歩いた岐大バイパス近くにある『湯麺戸塚』という店を目指す。元日本代表で、岐阜で最初のプロ監督となった戸塚哲也の店だ。戸塚は06年、地域リーグ時代に岐阜の監督に就任し、1年でJFL昇格を果たしたものの翌シーズン途中で解任。その後もさまざまなクラブを率いたが、よほど岐阜の土地が気に入ったのか15年に移住。17年に今の店をオープンさせ、湯麺屋の店主をしながら岐阜の試合の解説も務める。3年ぶりに再会した戸塚に、今の岐阜の状況について聞いてみると、言葉を選びながらもこんな答えが返ってきた。

「まあ、なかなか勝てないよね。古橋がいなくなったことで、有効な縦へのパスが少なくなった。それに併せて、攻撃のスピードをアップさせるスイッチがかかりにくくなって、ゴールもなかなか生まれない。連係ミスから逆襲を食らって失点することが増えて、そのリスクを負いたくないから(自陣での)ボール回しが増える。これでは相手も怖くないよね。(連敗を脱するには)まずは守備の立て直しでしょう。あれもこれも手をつけるよりも、ディフェンスの意思統一をすることだと思いますよ」

 実は松本とのトレーニングマッチについて、大木はその目的を「ディフェンスの細かいところでのやり方」と語っていた。ゆえに当人も「守備の立て直し」を意識していないことはないだろう。ただし、システムは4−3−3のまま変わることはなかった。松本が相手なら、残り45分間はアンカーを置くとか3バックにするとか、もっとオプションを試しておくべきではなかったか。翌週、いつものスタイルでアルビレックス新潟とのアウェー戦に臨んだ岐阜は、前半だけで3失点を献上。後半は3バックにシステム変更したものの、守備の立て直しには至らず0−5の大敗を喫してしまった。

 大木体制となって1年半。この間、岐阜は大きく変わった。パスを主体として自ら仕掛けるスタイルは、中央のメディアにも注目されるようになり、観客数のアップにもつながった。また大木サッカーを理解しようと、サポーターの間でも「5レーン」とか「トランジッション」といった言葉が交わされるようになり、ゴール裏のサッカーリテラシーは間違いなく上がった。一方で庄司や古橋のように、「大木さんの下でプレーしたい」という選手が加入するようになった。結果として、そうした選手たちが他クラブに引き抜かれるようになったのは皮肉な話だが、これまた大木体制以前にはなかったことだ。

 これでリーグ戦は9連敗、ノーゴールが4試合続いている岐阜は、第32節を終えて19位に後退した。安全圏と目される勝ち点40まで、残り10試合で8ポイントを積み重ねなければならない。前節での試合後の光景を見れば、サポーターが覚悟を決めたのは間違いないだろう。今、求められるのは、目の前の勝ち点のみ。そのためには、何かを変える必要があるのは明らかだ。大木監督の決断が待たれる。

<後編につづく。文中敬称略>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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