猛暑と多くの喧騒と、新たなスターの誕生 フローラン・ダバディの全米OPダイアリー

フローラン・ダバディ

錦織&大坂の歴史的ベスト4

準々決勝でチリッチに勝利し、会心の笑顔を見せた錦織 【写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ】

9月1日 『ロード・オブ・ザ・リング』の物語を比喩に語るなら、主人公ホビット・フロドを連想させる選ばれた鬼才の錦織が、ゴラムそっくりのアルゼンチン選手ディエゴ・シュワルツマンの“罠”に落ちず、無事に4セットで“指輪”を奪い、2週目へ進む。
 翌日のセンターコートで、またもファンタジーの世界で生まれたようなジョージア人選手ニコロズ・バシラシビリのフラットな両手打ちバックハンドに全世界のテニスファンが魅了され、ナダルはまたもダメージを受ける。

9月3日 ナイト・セッション。大会で最も暑い日。夜は風が全くない。センターコートは熱帯温室になってしまった。20時以降にも関わらず気温35度という信じられない温度で、湿気も感じる。普段、汗をかかない体質のロジャー・フェデラー(スイス)でさえ呼吸できない。温暖化のせいで、氷山のように溶けてしまう王者。全米の戦いはここまで。克服だ。
 数時間前にはフロリダ育ちの大坂なおみが、アリーナ・サバレンカ(ベラルーシ)を倒す。人生初めてのベスト8へ。

9月4日 女子のディフェンディング・チャンピオン、米国のスローン・スティーブンスも負けた。
 夜はナダルとドミニク・ティエム(オーストリア)が大会のベストマッチを演じる。およそ5時間の死闘。怪獣ナダルにティエムは果敢に向かっていくが、勇気だけだと足りない。立ち直れない苦しい敗退。しかし、ナダルも“HP(体力)”を大きく削られた。

9月5日 大会10日目。センターコートに相次いで登場する日本勢、大坂も錦織も歴史的なベスト4進出を決める。錦織は4年前の全米決勝の雪辱を果たし、マリン・チリッチ(クロアチア)をフルセットの末に支配下に置く。身長198センチ、クロアチアの巨人の220キロサーブを次々と返すエアK、今年のベストマッチ。おそらくここでピークを迎えた。(編集部注:錦織は次の準決勝で敗退)

9月6日 男子のドローでは若い選手たち、題して「Next Gen」のみんなが負けた。
 男子テニスでは相変わらずベテランのBIG4が覇権を握り(アンディ・マリーもいずれ“復活”するだろう)、つまらない。女子テニスの方が混戦模様で、大坂なおみを代表する若い世代が生き生きとしている。男子テニスを再び面白くする方法はあるのだろうか。どの選手にも勝てるチャンスのある、フェアな環境を作ることが一番。長年ジャーナリストとしてドーピングについてリサーチしてきたが、やはりテニスにおける禁止薬物の検査技術が遅れており、とりわけ男子テニスではドーピングの影を感じている。

 男子の強豪選手たちのチームには10人どころか、20人もスタッフがいる。まるでF1チームみたいだ。錦織圭はまだ、ウィリアムズやフォース・インディア級。“BIG3”であるフェラーリ(=フェデラー)、メルセデス(=ノバク・ジョコビッチ/セルビア)、レッドブル(ナダル)とは次元が違うため、勝てない。そんな中で、大坂なおみの快進撃に救われる。

9月7日 今大会中にダメージを受け続けたナダルは、けがで棄権。“キングコング”の降伏だ。

新スター「大坂なおみ」の誕生

盛夏から初秋に移る9月のニューヨーク。スター誕生の瞬間を見届けた全米オープンだった 【Getty Images】

9月8日 女子決勝では大坂なおみが奇跡の完璧試合。世界のメディアが圧倒される。途中でコート上に“爆竹”を鳴らし、ナオミをおびきよせようとするセリーナのトリックに誘惑されず、ジェダイのように瞑想する若き日本女子がかっこいい。

9月9日 男子決勝はジョーカー(ジョコビッチのニックネーム)の戦術勝ち。やっぱり女子決勝は感動した。
 男女問わず、テニスのレジェンドたちがナオミを絶賛した。

 A star is born.〜スターの誕生〜

 そんな全米オープンだった。

 女子決勝をスタジアム内で見ていたあの歌姫、アリシア・キーズが歌う『エンパイア・ステート・オブ・マインド』の歌詞が私の頭の中で流れる。

“If I can make it here, I can make it anywhere that's what they say”
ここで成功したら、どこでだって成功できる
“Concrete jungle where dreams are made of ”
夢が生まれるコンクリートのジャングル
“There’s nothing you can’t do you are in New York!! ”
できないことなんてない、今あなたはニューヨークにいるの

 そう、これもアメリカン・ドリーム。
“A star”大坂なおみ、あなたの恒例のあいさつでこのダイアリーを終えようか。

「おやすみ&おはよう!」

注釈:「おやすみ、おはよう」。試合後のオンコート・インタビューの際、米国との時差がよく分からない大坂なおみ選手が、テレビの前の日本の視聴者へ発する恒例の別れのあいさつ。

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著者プロフィール

1974年パリ生まれ。パリのINALCO(国立東洋言語文化学院)日本語学科で日本語の学位取得。1998年に来日し映画雑誌『プレミア』の編集に関わる。99年から02年までサッカー元日本代表トルシエ監督の通訳・アシスタントを務める。現在はテニス番組のナビゲーター(WOWOW)や、フランス大使館のスポーツ/文化イベントの制作に関わるなどで活躍。言語はフランス語、英語、日本語(イタリア語、スペイン語 会話)

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