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“遅咲き”アンダーソンの全英決勝進出
大学進学で道を切り開いた32歳

友人イスナーと戦った、6時間36分の準決勝

32歳のケビン・アンダーソン。準決勝の激闘を制し、ウィンブルドンでは初の決勝進出を決めた
32歳のケビン・アンダーソン。準決勝の激闘を制し、ウィンブルドンでは初の決勝進出を決めた【写真:ロイター/アフロ】

 相手のショットがラインをわずかに割った時、キャップをむしり取るように脱いだ彼の表情に、歓喜の色は全くない。それどころかむしろ、悲痛なようにすら見えた。

 ウィンブルドン2018、男子シングルス準決勝第1試合。スコアは7−6、6−7、6−7、6−4、そして2ゲーム差がつくまで終わらぬ最終セットのゲームカウントは26−24。試合時間は、グランドスラム史上2番目の長時間となる6時間36分を記録する。その歴史的一戦を制したケビン・アンダーソン(南アフリカ)の感情の表出はしかし、控え目と表現するのも控え目なほどに、慎ましやかなものだった。


「これだけの試合をして敗れた相手のことを考えると、喜ぶことはできなかった。彼は良き友人でもあるのだから……」


 203センチの長身の背を丸め、長いまつげを伏せて彼は、胸の内をそう吐露した。


 アンダーソンとの戦いに敗れたジョン・イスナー(米国)は、こちらも208センチのビッグ・サーバーで、年齢はアンダーソンより1歳上の33歳。ほぼ同期とも言えるこの二人は、いずれも米国の大学リーグ(NCAA)出身で、互いに最もツアーで長く顔を知る友人でもある。


 今回のウィンブルドンで、昨年の全米オープンに次ぐグランドスラム決勝進出を果たしたアンダーソンは、32歳の今キャリアの全盛期を迎えている。それはイスナーにしても同様で、グランドスラムのベスト4は12年目のプロキャリアで初のこと。来週にはランキングも、キャリア最高の8位まで上がることが決まっている。

シングルスの上位勢では少ない、大学出身選手

NCAA時代からしのぎを削った2人。シングルスのトップ選手では少ない大学出身選手だ
NCAA時代からしのぎを削った2人。シングルスのトップ選手では少ない大学出身選手だ【写真:ロイター/アフロ】

 30歳を超える二人がいずれも、6時間を超えるマラソンマッチを最後まで走り抜き、しかも今なお成長を続けているその訳は、NCAAを経てプロ入りした足跡と決して無縁ではないだろう。

 トップジュニアのほとんどが、10代でプロ転向するテニス界。大学を経る選手もいるが、シングルスの上位勢で言えばそう多くはない。

 アンダーソンは30歳を超えた昨年、「衰えは感じない。プロ入りも他の選手より遅かったので、それほど心身の疲弊も覚えていない」と言った。また、テニスが盛んとは言いがたい南アフリカに育った彼は、「米国の大学に行くことでトップクラスの施設でトレーニングを積み、指導を受ける機会が得られた。テニス関係者にも知己ができたし、今の自分は大学進学なくしてありえなかった」と語る。


 一方のイスナーは「何が向いているかは人それぞれ」と前置きしたうえで、自らがたどった足跡を次のように振り返った。


「18、19、20歳の頃には、将来的に自分のテニスを確立するため、やるべきことがたくさんある。プロでプレーする時間はたっぷり残されているのだから、大学進学は寄り道にはならない。僕にとってプラスだったし、ケビンにとっても同様だ。僕は、大学進学大賛成派だよ」


 さらに彼は、大学時代からしのぎを削ってきたアンダーソンを、「ツアーで最もプロフェッショナルな選手」だと評する。

「彼をとても尊敬している。彼がいかに自分に厳しくテニスに取り組んでいるかを見ることで、僕も自分を押し上げることができた」とライバルに敬意を表し、「きっと彼も僕について、同じことを言うと思う」と続けた。


 そのように、似たプレースタイルとキャリアの起点を共有する二人が、プロ転向後はそれぞれの道を歩み、世界の頂点に肉薄した地点で足跡を交錯させたのは、勝負の世界の必然だ。また、武器のサーブを頼りとし、日々の積み上げで容量を増した“タンク”の燃料残量を信じ、焦らず勝機を待つ両者のテニスのつばぜり合いが長時間に及んだのも、また当然の帰結だと言えるだろう。

「今は“ハングリー”だ」全米OPのリベンジ誓う

準決勝勝利後、ただキャップを取ったアンダーソン。“勝利の笑顔”はノバク・ジョコビッチとの決勝の後に
準決勝勝利後、ただキャップを取ったアンダーソン。“勝利の笑顔”はノバク・ジョコビッチとの決勝の後に【写真:代表撮影/ロイター/アフロ】

 友人にしてライバルを破り決勝に勝ち進んだアンダーソンは、「自分の最大の武器は、常に課題を見つけ改善する能力だと思う」と定義した。その彼が、「(昨年の)全米オープンでは決勝にたどりついた時点で満足してしまったところがあった。今はもちろん、もう一つ勝ちたいと“ハングリー”だ」と言う。


 準決勝では見せることの無かった、歓喜の表情――それはもう一つの勝利をつかんだ時こそ、きっとセンターコートで弾けるのだろう。

内田暁

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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