ネイマールがW杯で真の英雄になるために 重圧も批判も受け入れ、涙を超えていけ

大野美夏

コスタリカ戦後に泣きじゃくったネイマール

W杯第2戦、コスタリカに勝利した試合後に涙を流したネイマール 【Getty Images】

 ワールドカップ(W杯)ロシア大会、ブラジル対コスタリカの一戦。あの90分間はまるでサッカー王国の人々が、W杯でセレソンの試合を見ていないのではないかと思えるほど静かだった。

 しかし、ついにフィリペ・コウチーニョのゴールが決まった瞬間、『ゴール!』と叫ぶ人々の声とブブゼラの音があちこちで響き渡り、誰しもが固唾(かたず)を飲んで先制点をじっと待っていたことが分かった。そしてアディショナルタイム、この試合でも倒され続けていたネイマールが2点目を決めたと同時に試合終了。安堵(あんど)のあまり、思わず涙が出た。耐えに耐えて最後に勝利したことと、倒されても倒されても最後にはゴールを決めたネイマールの姿に感極まったのだが、これは14歳の誕生日にネイマールと出会ってから見守り続けている私の心の中に、自称「日本のお母さん」として母親的な視線が加わって、感情が溢れ出したものだった。

 テレビ画面には、ピッチで顔を覆いながら泣き崩れるネイマールが映されていた。この光景を見るのは2年ぶりだ。

 2016年リオデジャネイロ五輪の男子サッカー決勝戦、マラカナン・スタジアムでブラジルが宿敵ドイツを破って金メダルを取った時、試合終了とともにネイマールは泣きじゃくった。そして、それまで受け続けた批判に対して、「今度はみんなが僕の言うことを聞く番だ」とちょっとジョーク交じりに、しかし本気で言ったものだ。そして、「プレッシャーに耐えられないから、キャプテンはもうしない」と宣言をして……。

容赦がないサッカー王国のファン

コスタリカ戦の終了間際、ネイマールは待ちに待った今大会初ゴール 【Getty Images】

 あれから2年。ブラジルのスターとして、ネイマールに並ぶ選手はいない。当然、プレッシャーが減ることはなかった。それどころか、金メダルというこれ以上ないタイトルを取りながらも、より一層プレッシャーと批判は増えるばかりだった。この王国の人々から見れば、けがから復帰したばかりだの、ストッキングに穴が開いただの、倒されてばかりだの、「だからどうした?」にすぎない。W杯優勝しか認めないのだから。

 ネイマールはその日のインスタグラムで「ここに来るまでどれだけ僕が厳しい道のりを歩いてきたかなんて、みんな分かっちゃいない。しゃべるだけならオウムだってできる。でも、実行できるのは、ほんのひと握りの人間だ。この涙は喜び、達成感、闘志、勝利への飽くなき欲望の涙だ。苦しいことはいっぱいある。でも、夢は続く。いや、夢じゃなくて目標だ。チームメートたちにおめでとうと言いたい」と批判に対してのメッセージを出した。

「3カ月半ぶりに実戦に戻ったばかりで、彼だって人間だ。元の状態に戻るのには時間がかかる。ネイマールに依存することがないように、チームのパフォーマンスを上げる必要がある」と、チッチ監督はネイマールをかばった。

 しかし、王国の人々は容赦がない。ネイマールの良いプレーはあったが、自分へのファウル、自分に不利な判定にイライラを募らせ、無駄なイエローカードをもらい、審判に文句を言い、あわやレッドカードの危険さえあった。メンタルの不安定さがチームに悪い空気を伝染させ、良くない意味でも大いに貢献したと揶揄(やゆ)されている。

 コウチーニョの活躍は希望になっているが、「自分にボールをよこせ、俺が決めてやる」というタイプの選手や、チームに喝を入れるような選手がいないことにも、不安の声が挙がっている。

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著者プロフィール

ブラジル・サンパウロ在住。サッカー専門誌やスポーツ総合誌などで執筆、翻訳に携わり、スポーツ新聞の通信員も務める。ブラジルのサッカー情報を日本に届けるべく、精力的に取材活動を行っている。特に最近は選手育成に注目している。忘れられない思い出は、2002年W杯でのブラジル優勝の瞬間と1999年リベルタドーレス杯決勝戦、ゴール横でパルメイラスの優勝の瞬間に立ち会ったこと。著書に「彼らのルーツ、 ブラジル・アルゼンチンのサッカー選手の少年時代」(実業之日本社/藤坂ガルシア千鶴氏との共著)がある。

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