ガッツポーズは「幸せと感謝」の体現 広島・城福浩監督インタビュー<後編>

飯尾篤史

笛を吹きながらしみじみと思うことはある

「まさかJ1の場で指揮を執る機会を再び与えてもらえるとは思っていなかった」と城福監督は語る 【(C)SANFRECCE】

――話は変わりますが、開幕前のキックオフカンファレンスで挨拶をしたとき、城福さんが真っ先に、「再び現場に立たせてもらえるチャンスを得られたことに感謝したい」とおっしゃったのが、すごく印象に残っています。

 それはね、今でも(練習場である)吉田のグラウンドで笛を吹きながら、「こんなところで笛を吹けるなんて、ありがたいな」と思うことがある。メンバー選考で思い悩んでいるときにも、スタジアムのベンチに座っていても、そう思うことがある。

 言葉にできない、言葉として表現することが難しい経験をしてきたつもりだし、「もう一度チャレンジすることは叶わないのかな、でも、このままじゃ終われないよな」と思いながら過ごした時間があったのは事実。それが、まさかJ1の場で指揮を執る機会を再び与えてもらえるとは思っていなかった。自分のやってきたことを評価してくれて、必要としてくれたことに対して、本当に感謝しかないんです。だから、いまだに笛を吹きながら、しみじみと思うことはあるかな。

――就任会見で、「難しい時期を過ごされた中で、学びとして何を得たか」という質問に対して、城福さんは「自分が楽しんでいなければ選手も楽しめない、ということはハッキリと言える」とおっしゃっていました。今、楽しまれているように見えますが、「楽しむ」というのは大事なキーワードですか?

 そうだね。この仕事は、重圧がかかるのが当たり前の仕事でしょう。自分の思い通りに事が運んで、順風満帆にいくなんてことはむしろ少ない。じゃあ、そのシチュエーションさえも楽しむということが今までできていたかと言うと、できたこともあれば、できていなかったときもある。むしろ苦しむことの方が多かった。今シーズンだって、プレシーズンのスケジュールには苦しめられたし、スタメンを選ぶのにも苦しんでいるけれど、今は「こうやって苦しめるのも、この職に就けているからだな、こんなにありがたいことはないな」と思えています。

ポイチのバトンをしっかりと受け継ぎたい

――話題になっているガッツポーズですが(笑)、16年シーズンはあえて封印していたわけで、今シーズン、再び昔のように喜びを表現しているのは、選手と一緒に戦うことを楽しんでいるからかな、と想像しています。

 どうだろう……。あれは無意識だから分からないけれど、何かと闘うというより、この場にいられる幸せ、感謝の気持ちから出ているものかもしれない。だって、トップレベルの選手たちと、チームを勝たせるための産みの苦しみを味わえるなんて、ありがたい以外の何ものでもないでしょう。これを楽しまずして何を楽しむんだ――そんな心境になれているのは、確かですね。

――現場から離れていた1年半というのは、城福監督にとってどんな意味を持つものだったのでしょうか?

 やっぱり苦しい時期は、今思い出しても苦しいものだけれど、自分を見つめ直す機会だったのかもしれない。今は「この日のために経験しなければいけないものだった」と感じられているかな。そう思いながらやらないと、楽しくないでしょう(笑)。もちろん、まだ何も結果は出していないけれど、「ここで笛を吹くために、いろいろな経験をさせてもらったんだな」と思いながらやらせてもらっています。

――そういう期間を、支えてくれた家族というのは、城福さんにとって、どういう存在ですか?

 うれしいときというのは一瞬だし、喜びというのは大勢の人たちと分かち合えるものだけれど、苦しいときというのは、本人と家族にしか分からないわけで。深い闇の中で苦しんでいるときというのは。だから、自分が楽しんでいる姿を見せることが恩返しというか、僕が楽しんでいる姿によって家族も救われているといいな、そんなふうに思っています。

――では最後に、サンフレッチェ広島で城福さんが思い描く夢や未来を教えていただけますか?

 広島にやって来て、サッカースタジアム建設に対する機運の高まりをすごく感じます。これだけサッカーが盛んな地域だし、サッカースタジアムの建設は、サッカーが、スポーツが、この地域に文化として根付くことに大きな役割を果たすものだと思う。

 それには、やっぱりサンフレッチェの成績が大きな後押しになるわけで、ポイチ(森保一元監督)が3度も優勝させたことで機運を高めてくれたわけだから、そのバトンをしっかりと受け継いで、微力ながら貢献したいなと。それが、再び現場に戻るチャンスを与えてくれたこのクラブへの、この地域への、応援してくれているファン・サポーターへの、恩返しになればいいなと思います。

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著者プロフィール

東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』(ソル・メディア)、『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)などがある。

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