U20世界選手権で世界ユースのリベンジを 短距離・宮本大輔インタビュー
「ダイヤモンドアスリート」第4期の選手である男子短距離の宮本大輔にインタビュー 【写真は共同】
すでに3期が終了し、これまで9人が修了。昨年11月からは継続・新規含め全11人が認定され、第4期がスタートした。今回は第4期となる「17−18認定アスリート」へのインタビューを行い、男子短距離の宮本大輔(洛南高卒、東洋大)に話を聞いた。
取材・構成:児玉育美(JAAFメディアチーム)
悔しかった全国小学生での敗戦
通っていた小学校の先生に、「陸上をやってみたら?」と言われたのがきっかけで、小学4年生の秋から始めました。かけっこは1番だったし、上級生に勝ったりもしていましたが、自分が速いという感覚はそんなになかったです。言われてみて「そうなのかな?」と思い、「じゃあ、やってみるか」みたいな。それまでは野球を頑張りたいと思っていたので、「とりあえず、やるだけやってみるか」という感覚で始めました。
――そこから陸上のクラブチームに入ったのですね?
はい。「徳山RCコネット」という地元のスポーツ少年団の陸上クラブです。
――陸上に取り組むようになってどうでしたか?
試合には小5から出始めました。小5で全国(全国小学生交流大会)に行って3位(5年100メートル)に入って、6年で7位(6年100メートル)です。
――6年生のときは順位が下がってしまったのですね。
僕はそのころから小柄というか、細くて、ほかの選手の成長スピードがすごくて……。6年生のときは、「みんな、でかいなー」と感じていました。
――体格に個別差が出る時期ですね。
県や地区では敵なしでしたが、小学5年のとき全国へ行って初めて負けました。負けず嫌いなので、むちゃくちゃ悔しくて、「これは日本一になるまではやめられない。中学からは陸上にしよう」と思いました。
自己記録12秒00から中学生初の10秒5台マークへ
その年の全中(全日本中学校選手権)が5位だったので、勝ってホッとしたというのがありました。全中のほうはランキング2位で出たのに順位を落として悔しさもあった半面、中2でそこまで行けたという思いもあったのですが、逆にジュニアオリンピックでは1番にならないといけないという気持ちになっていました。
――3年生になる直前の3月には、中2最高記録となる10秒75(+1.8)をマーク。中学最後の年は、中学記録更新も意識してのシーズンだったのではないでしょうか?
そうですね。そもそも、僕が1年生の段階で、顧問の藤田昌彦先生が中学3年間をどういう感じで行くかという話をしてくれて、「毎年0.5秒ずつ上げていけば、全国でも1番になれるし、中学記録も狙える」と言われていました。入学したときのベストがちょうど12秒00だったので、「0.5秒」というのは自分のなかでも行けなくはないなと。なので、急に意識したわけでなく、毎年そのくらいずつ記録を伸ばせば狙えるんだと思って3年間やりました。
――中学新記録樹立はシーズンに入ってすぐの達成でした。5月に10秒56(+1.5)をマークし、従来の記録(10秒64、10年、日吉克実)を一気に0秒08更新しました。
試合は県の中学春季体育大会でした。予選から動きはよくて、そこで自己新(10秒73、+1.9)を出していたので、もしかしたら行くかなと思いつつ、でも大きな大会ではなかったので、記録を狙ったわけではありません。普段通りに走ったら、アナウンスで「10秒56です」と言われて……。(10秒)5台に突入するとは思っていなかったので、すごくうれしかったです。
――初めて経験した10秒5台。走っていて何か違う感じは?
感覚自体は、特に変わった点はなくて、「いつも通りかな、でもちょっと動きはいいかな」くらいだったので、思っていた以上の記録が出たなという感じでした。
――以降、一気に注目されるようになりましたが、全日中はきっちりと100メートルと200メートルで2冠。プレッシャーはなかったですか?
僕自身は、逆に10秒56という記録が出せていたことで、気楽になった感じがありました。「スタートが決まらなくても、(10秒)56を出せる加速力があれば十分に行ける」と。逆に、動じないで挑むことができました。
――秋の長崎国体では、少年B100メートルで1学年上のサニブラウン・アブデルハキーム選手(当時城西大城西高、現在はフロリダ大)との対決になり、高1最高(10秒45)をマークしたサニブラウン選手が優勝して、宮本選手は10秒73で2位という結果になりました。悔しい結果だったのでしょうか?
勝つ気でいました。中2の全中でも負けていたので、リベンジするつもりでした。全中のときは後半で抜かれたので、先に逃げてしまおうという考えだったのですが、思っていた以上に早い段階で追いつかれたことで動揺して、そこから走りが崩れて、一気に離されてしまいました。思ったような走りができなかったことが悔しかったですね。