連載:初めてのセイバーメトリクス講座

総合指標「WAR」でわかる選手の価値 初めてのセイバーメトリクス講座(9)

カネシゲタカシ

2017年のMVPに輝いた丸(左)とサファテ 【写真は共同】

『初めてのセイバーメトリクス講座』の第9回は投手も野手もひっくるめて比較できる夢の指標「WAR」について。講師はセイバー研究で知られる統計学者の鳥越規央先生。生徒はわたくし、漫画家のカネシゲタカシでお送りします。ちなみにこの連載、今回が最終回です。

MVPはもっとも価値のある選手を示している?

鳥越:カネシゲさんは「シーズンMVP」の決め方ってご存知ですか?

カネシゲ:前回取り上げたゴールデングラブ賞と同じで、記者投票ですよね。

鳥越:そうです。各記者が1位から3位まで決めて投票。1位に5点、2位に3点、3位に1点を加点し、その合計点が一番多かった人が選ばれるわけです。2017年、セ・リーグは丸佳浩(広島)、パ・リーグはデニス・サファテ(福岡ソフトバンク)が受賞しました

カネシゲ:どちらも印象的な活躍でした。セは野手で、パは抑え投手ですね。

鳥越:でも、役割の違う選手同士を比較することは、本来とても難しい作業です。例えば「ホームラン20本のバッター」と「10勝したピッチャー」、どちらに価値があるかなんて、なかなか比べづらい。

カネシゲ:確かに。もう印象で決めるしかないですよね。基本的に優勝したチームからMVPが選ばれるのも、イメージありきだからでしょうね。

鳥越:ちなみに16年のセ・リーグのMVPが誰だったか、覚えていますか?

カネシゲ:えーっと……そうだそうだ、広島の新井貴浩さんです。

鳥越:はい。ただそのシーズンの広島カープは鈴木誠也も菊池涼介も大活躍しました。それでも新井が選ばれたというのは、やっぱりチームリーダーだったという印象が強かったからでしょう。

カネシゲ:あと「苦労人にあげたい」みたいな人情もあると思います。いずれにせよ、やはり投票はイメージありきですね。ポジションの違う選手を比較するなんて難しいから、余計に。

鳥越:そこで今回は、セイバーメトリクスを使って「シーズンで誰が一番活躍したか」をWARという指標で評価しようと思います。しかし、最初に数学的な話をしなければなりません。

カネシゲ:えーっと……帰っていいですか?

鳥越:まあまあ、ざっくりお話しますから(笑)。

得点と失点から勝率を導く

鳥越:野球は得点が多ければ勝ちやすくなるし、失点が多ければ負けやすくなります。そこで「得点」と「失点」から、そのチームがどれだけ勝てるかを予測する式を、セイバーメトリクスの祖であるビル・ジェームズが考案しました。これを「ピタゴリアン期待値」といいます。

【資料提供:鳥越規央】

カネシゲ:ほう。まったく分かりません(笑)。

鳥越:ほら、ピタゴラスの定理に似ていませんか? 直角三角形の。「得点の2乗」を「得点の2乗+失点の2乗」で割ったのが、「そのチームの勝率」として推測できると。こんなシンプルな式なのに、実際のMLBのデータと合わせるとすごくマッチしたのです。

カネシゲ:あの、素人考えで恐縮ですが……なんで2乗したんですか?

鳥越:統計学の指数回帰分析を応用して出てきた数字なんでしょうけど、シンプルなのに有用な指標を作ってしまうところが、ビル・ジェームズのすごいところです。しかしその後、コンピュータが進化し、いろいろ計測すると、MLBの場合は「2」ではなく「1.83」を使って計算したほうがより良い予測ができるとわかりました。日本プロ野球の場合は「1.64」です。

【資料提供:鳥越規央】

カネシゲ:なるほど。ビッグデータから導き出すってやつですね。

鳥越:そうです。以下は17年の得点と失点から計算されたピタゴリアン期待値と、実際の勝率とを比較した表です。けっこう一致していると感じませんか?

【資料提供:鳥越規央】

カネシゲ:おお、本当だ。ざっと見ても結構一致していますね。

鳥越:ではこのピタゴリアン期待値から何が言えるか。17年のNPB12球団の平均得点は572点でした。仮に失点が572で、得点が572のチームがあったら、このピタゴリアン期待値で5割という勝率が出ます。

カネシゲ:まあ得失点が同じなら、理論上はそうなるでしょうね。

鳥越:現在、日本のプロ野球は143試合制ですね。そして143試合の5割というと、71.5勝です。そこで、失点の数字を固定して、得点が10点上がったとします。

カネシゲ:失点が572で、得点がプラス10だから……582点。

鳥越:はい。その数字でピタゴリアン期待値を計算してみましょう。すると予想勝率は5割7厘になって、143試合だと「72.5勝」という予測勝利数が導きだされます。

カネシゲ:さっきの71.5勝から、1勝増えましたね。

鳥越:そうです。ここが大事なところです。

【資料提供:鳥越規央】

鳥越:長々と説明しましたが、この数式から何が言えるかというと、チームの得点が10点増えれば1勝分になるということです。

カネシゲ:なるほど。逆に10点減れば1勝分減ると?

鳥越:その通り。ここは前提として大事なので、覚えておいてください。

控え選手に比べてチームに何勝もたらすか?

鳥越:そこで今日お話したいのは、あらゆるセイバーメトリクスの概念を結集させてつくられた「WAR(WinAbove Replacement)」という総合指標です。

カネシゲ:ダブリュ・エー・アールですね。「ワー」って読んでました(笑)。

鳥越:「ワー」とか「ウォー」とか言う人も多いですよ。「リプレイスメント」は「控え選手」の意味です。簡単に言うとWARは、この選手が控え選手に代わってプレーすることで、チームに何勝分をもたらしたかを表す指標です。

カネシゲ:ふむふむ。「控え選手」というのは前回のUZRで出てきた「平均的な選手」とは違うんですか?

鳥越:はい、いわゆる1.5軍レベルといいますか。彼らと比べて、いくつ勝ちを上乗せできたかを示す指標です。

カネシゲ:どうやって算出するんですか?

鳥越:いままでこの連載で学んできたいろいろな指標を使います。例えば、打力はwRAAを使います。これの元になっているのがwOBAです。またパークファクターも使うし、守備力のUZRも使います。走塁はwSBをもとにして……(以下長いので割愛)。

カネシゲ:おお、いままで勉強してきたセイバーがずらり。歴代仮面ライダー大集結みたい。さすが最終回だ(笑)。

鳥越:とにかく、打力で何点、守備で何点、走塁で何点稼げたか、そのトータルを計算するわけです。そしてそこからWARを計算することになります。

カネシゲ:10点多く稼げればチームの勝利数が1増える、でしたね。

鳥越:そうです。その場合WARは「1.0」となります。

カネシゲ:これは野手の場合ですか?

鳥越:はい。投手の場合は、FIPって覚えていますか? 被本塁打、与四死球、奪三振という投手の責任のものだけで、投手の能力を図るもののですが、それにパークファクターを補正します。ここからの計算は複雑なので割愛しますが、その投手がどれだけ失点を防いだか算出し、そこからWARを導きます

カネシゲ:なるほど。投手はどれだけ防いだかで算出するんですね。

鳥越:そうです。ちなみにこの計算の仕方は各データ会社で違うことも覚えておきましょう。

カネシゲ:データ会社は何社くらいあるんですか?

鳥越:日本だと代表的なところでは、データスタジアム株式会社と株式会社DELTAの2社。あと株式会社共同通信デジタルもデータ収集や分析を行っています。米国だと何十社もあります。今回はデータスタジアムさんの数字を使います。

2017年のプロ野球WARランキング

鳥越:それでは実際に2017年のWARランキングをみてみましょう。

【データ提供:データスタジアム】

カネシゲ:お〜、投手も野手も一緒になってる! セ・リーグはシーズンMVPの結果どおり、丸さんがトップだ。おや、パは違いますね。サファテじゃない。サファテは10位以内にもいない!

鳥越:データスタジアムの集計では、パは秋山翔吾(埼玉西武)が1位です。見てわかるように、じつは抑え投手はほとんど入ってこないんですよ。

カネシゲ:確かに。松井裕樹(東北楽天)なども入ってませんね。

鳥越:WARは「控え選手と比べて、どれだけの勝利を上乗せできたか」ということなので、イニング数の少ないリリーフ投手はもともと不利なんです。

カネシゲ:なるほど。働く機会そのものが少ないですもんね。

鳥越:もちろんリリーフ投手も活躍すれば上位に入ってきますが、やっぱりフル出場できる野手や先発投手が上にきます。

カネシゲ:そんななか近藤健介(北海道日本ハム)は、出場57試合にも関わらずランクイン!

鳥越:近藤はわずか57試合に出ただけで、日本ハムに4.6勝を上乗せしたと評価されています。これはすごいことです。

カネシゲ:広島が強い理由もわかりますね。トップ10に4人もいる。一方で巨人は3人もランクインしているのに4位だったのは不甲斐ないですね。

鳥越:しかもマイコラスは今年いませんからね。

カネシゲ:DeNAの躍進もわかります。むしろ筒香嘉智よりもロペスの貢献度のほうが大きかったんだ。

鳥越:パはやはり源田壮亮(西武)が光ります。ルーキーですから。山川穂高(西武)は後半良かったので、シーズン通して出場していたら上位にきてもおかしくない活躍だったと思います。それにしても西武の打線は厚くなりましたね。

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著者プロフィール

1975年生まれの漫画家・コラムニスト。大阪府出身。『週刊少年ジャンプ』(集英社)にてデビュー。現在は『週刊アサヒ芸能』(徳間書店)等に連載を持つほか、テレビ・ラジオ・トークイベントに出演するなど活動範囲を拡大中。元よしもと芸人。著書・共著は『みんなの あるあるプロ野球』(講談社)、『野球大喜利 ザ・グレート』(徳間書店)、『ベイスたん』(KADOKAWA)など。

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