「新陳代謝がないチームは強くならない」 代理人・田邊伸明氏インタビュー<後編>

宇都宮徹壱

元Jリーガーが都道府県クラブでプレーする理由

前田俊介(中央)はガイナーレ鳥取から九州リーグの沖縄SVへ移籍。元Jリーガーが地域リーグ以下のクラブに移籍するケースが増えている 【(C)J.LEAGUE】

――今度はJリーグ以下のカテゴリーに目を向けると、このところ元Jリーガーが地域リーグ以下のクラブに移籍するケースが増えていて、このカテゴリーをウォッチしている人間からすると、非常に興味深く見ています。前田俊介がガイナーレ鳥取から沖縄SV(九州リーグ)というのも驚きましたが、愛媛FCの安田晃大が都リーグ1部の南葛SCに移籍したのはかなり衝撃的でした。これも田邊さんのお仕事ですよね?

 そうです。安田の場合、(オファーが)南葛しかなかったわけじゃないんですよ。ただし選手自身の能力と、これから先どうなりたいのかということ、そして引退した後はどうするのか。この3点を深く掘り下げた時に、この選択がベストだと思って移籍したんです。僕自身、この移籍は(日本サッカー界に)一石を投じることだと思っています。だって去年までJ2でプレーしていた選手が、カテゴリーが5つ下の東京都1部ですよ?

――そうですよね。元日本代表の永井雄一郎も神奈川県1部(FIFTY CLUB)に行きましたが、そこまで行くとクラブ名を聞いてもちょっと分からないですよね(苦笑)。田邊さんの会社でも、そういったクラブから問い合わせが来ますか?

 来ます。来ますけれど「○○というクラブの代表の○○です」と言われると、正直分からない。それで「どちらの地域リーグですか?」と聞くんだけれど、そうすると「△△県リーグの2部です」とか。ウチの会社も、さすがにそこまでは営業できていないので、そういった問い合わせはむしろ助かります(苦笑)。

――都道府県リーグの上を目指すクラブが、元Jリーガーの獲得に積極的になっている背景には、何があるんでしょうか?

 単純に、そういうクラブがJリーグのA契約くらいのお金、つまり460万円くらいは払えるようになったということですよね。それ以外の何ものでもない。でなければ、選手を引退して他の仕事をするか、仕事をしながらアマチュアとしてプレーし続けるか、どちらかしかないわけですから。

――地域リーグに元Jリーガーの選手が増え始めたのは、05年から08年くらいだったと記憶しています。その後、元Jリーガーよりも大卒選手を獲得するクラブが増えていった時に、あぶれた選手がどこに目を向けたかというと、タイやベトナムやシンガポールといった東南アジアのリーグだったんですね。それがここに来て、再び地域リーグ以下のカテゴリーが元Jリーガーの受け皿になっていく傾向が顕著になってきたと。こうした循環は、日本サッカーにとって良いことだと思いますか?

 良いことだと思いますよ。東南アジアへの移籍が少し下火になったのは、ひとつにはJ3ができたこともあると思うんですが、すべての選手が海外でプレーしたいわけではない。最低限のお金を出してくれて、それ以外の条件もある程度整っていたら、地域リーグや都道府県リーグも当然、選手の受け皿になり得ますよね。ですから最近のトライアウトでも、日常的にJリーガーに接触するのは難しいクラブの関係者が集まるようになりました。

「契約年数はもっとオープンにしたほうがいい」

「もともと選手とクラブというのは、契約によるドライな関係で成り立っている」と田邊氏。その上で、長く在籍している選手はレジェンドの扱いを受ける 【(C)J.LEAGUE】

――今オフの移籍では、齋藤学の横浜FMから川崎への「ゼロ円移籍」が大きな話題になりました。田邊さんのツイッターアカウントにも、説明を求めるツイートが数多く寄せられていましたよね。あらためて、本件についての田邊さんのお考えを聞かせてください。

 なぜ斎藤学があれだけバッシングをされたかというと、昨シーズンにいろいろあった末に残留して、背番号10を与えられたけれども負傷でチームに貢献できず、マリノス愛を語りながらも出ていくことになったと。ファンが怒るのも分かるんですが、クラブ愛を語った次の日に移籍するのは、海外では当たり前のことですからね。逆にファンの人たちには「じゃあ、他にどんな言い方がありますか?」と聞きたい。「実は移籍を考えていて」なんて、言えるわけないじゃないですか(苦笑)。普通の会社でもそうですよね。サッカー選手だけが許されないというのは、僕はおかしいと思います。

――複数年契約を結ばなかった、クラブの姿勢を疑問視する意見もありますが。

 それがクラブの評価だったということですよ。けがから復帰しても、活躍できるかどうか分からない。若手選手も育ってきているし、齋藤が不在でもチームは着実にレベルアップしている。だから1年契約でいいですということでしょう。昨シーズンも1年契約だった時点で、ファンも(そういう評価だと)分かっていたはずです。

 だからクラブ側も契約年数について、もっとオープンにしたほうがいいと思います。その選手がなぜ1年契約なのか、あるいは3年契約なのか。そういうことをサポーター自身が考えることで、彼らの成熟度は上がっていくと思います。
 
――どうしてもファンやサポーターは生え抜きの選手だったり、長く所属しているレジェンドだったりに、必要以上の期待を求める傾向がありますよね。

 もともと選手とクラブというのは、契約によるドライな関係で成り立っているんですよ。それがあった上で、長く在籍しているからレジェンドの扱いを受けるわけです。もちろん、中村憲剛や鈴木啓太みたいな例外もあります。だけど「ミスターマリノス」と言われている中澤(佑二)だって、もともとは(東京)ヴェルディから来ているわけだし、鹿島の小笠原(満男)だって、一度はイタリア(メッシーナ)に移籍しているんですから。

――中澤がヴェルディの選手だったことを知るファンは、今では非常に少ないでしょうね。

 ファンも代謝しているから、そういう積み上げがないのかもしれない。それに入ってくる選手には甘くて、出ていく選手には厳しいというのは、ファンの感情として当たり前だとも思うんですよ。ただし、基本的に選手は一生そのクラブにいるわけではない。

「2〜3年したら移籍するんだよ」ということを、きちんとファンは理解しておいたほうがいいと思います。たとえば川崎のスタメンクラスを見ても、憲剛を除けば5年も6年も在籍している選手は、そんなにはいないですよね。やっぱり新陳代謝がないチームは、強くはならないですよ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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