ベイスターズが提唱する街づくりモデル スポーツで魅力的な街・横浜を創る
株式会社横浜DeNAベイスターズが日本スポーツビジネス大賞・初代グランプリに輝いた 【写真:魚住貴弘】
スタジアムに来場するファンのことを徹底的に考える
受賞インタビューに応える横浜DeNAベイスターズの岡村信悟代表取締役社長 【写真:魚住貴弘】
岡村: どうもありがとうございます。このように評価していただき、大変光栄です。
――球団経営の中で意識されていることは。
岡村: プロ野球は、高度経済成長期のコンテンツとして発展しました。しかし、現在は価値観が多様化しています。個々人が暮らす地域独自のアイデンティティーを大切にする「地域に根差し愛されるチームづくり」という考え方も、Jリーグに始まり、野球界でもパ・リーグを中心に定着してきました。
私たちも、横浜に拠点を構え、今年で40シーズン目を迎えます。2011年に親会社がDeNAに変わり丸6年、「地域に支えられ、地域の誇りになる」ために、さまざまな施策を行いながら、株式会社横浜スタジアムをTOB(株式公開買い付け)で子会社化し、スタジアム一体型の経営にも乗り出しました。スタジアムを拠点に、ファンの皆さま、地元の方々、企業、自治体などとの交流を深めながら、「強くて魅力あるチームづくり」と「それを支える事業基盤」という両輪の好循環が回り始めています。チームはまだまだ発展途上ですが、それでも接戦を勝てるようになってきたのは、若くて魅力的なチームに期待する「ファンの声援」が大きいという実感もあります。
――現在の取り組みを教えてください。
岡村: 具体的には3つあります。
1つ目は、球団球場一体経営に伴う「COMMUNITY BALLPARK PROJECT」、「コミュニティボールパーク」化構想です。
スタジアムを満員にすることがスポーツビジネスの基本。野球をきっかけとして生まれるコミュニケーションや、来場されるお客様の人生の1ページとなり「また来たい」という気持ちを持ってもらう環境づくりを意識しています。例えば、グラウンドの中を覗くことができる「DREAM GATE」は、公園を通る親子や散歩しているご高齢の方々に、選手たちが練習している様子を観てもらって「非日常空間」をより身近に感じてほしいという発想から生まれたものです。さらにスタジアムというハードを、街のコミュニティにつながるものとして機能させるという視点を持ちながら、今後、2020年完成に向けて、大規模な増改修を進めていきます。
2つ目は、「プロ野球観戦プラスα」。イニング間のさまざまなイベントや新しい飲食メニューなどもそうですが、野球の勝敗に関係なく、来場したお客様が常に何か新しい発見やかけがえのない体験をできる場にしていきたいです。
また、ベイスターズとともに1年間のリズムを刻んでいただくという考え方も大切です。ベイスターズをよく知らないライト層のお客さまにも、年間のさまざまなイベントなどを通して、かけがえのない体験をしていただきたい。そして結果的に、ベイスターズ愛を深めてもらいたいと思います。
3つ目は、「I ☆(LOVE) YOKOHAMA」です。横浜の人々とともにあり、横浜に支えられ、横浜の誇りになる。横浜への愛着がベイスターズへの愛着になる、という考え方です。試合中には「I ☆(LOVE) YOKOHAMA」のビッグフラッグをスタンドに掲げたり、ベイスターズの選手がホームランを打つと横浜市歌が歌われたり……と、横浜らしいベイスターズというブランドを創出したいと考えています。
――ファンに寄り添い、地域に寄り添うということですね。
岡村: スポーツビジネスのビジネスモデルはシンプルだと感じています。チケット、スポンサー、放送、グッズ・飲食などの収益がありますが、中心になるのはチケット収益。集客を増やすことを核にブランドを築いていきます。顧客であるファンのことを徹底的に考えていく思考は、どの業界のサービスにも共通していることだと思います。
成功に満足せず、お客様の反応についてはいつも確認しています。お客様は数多くご来場いただけたとしても、実際の満足度や成果はどうだったのか。ファンと球団のコミュニケーションがしっかりできているか、成功や失敗の原因を分析しPDCA(計画・実行・評価・改善)を回して議論し実行する、という流れを徹底しています。
スポーツから学ぶこと、スポーツに生かすこと
スペシャルアドバイザーに就任した三浦大輔氏のように、チームと事業の協力体制を意識する選手も増えてきた 【写真は共同】
岡村: スポーツビジネスとIT業界との相性のよさは感じますね。IT企業では、プロジェクト単位で新しいサービスを短期間に創って実施し、PDCAサイクルを回すケースが多いですよね。IT業界は新しい領域に挑戦するビジネスだと思いますし、DeNAも常に新しいサービス、新しい場、新しい人脈、新しい価値を、ITを活用して創り出す企業です。プロ野球の経営現場で、IT業界同様、プロジェクト型で課題を解決していくこともDeNAらしさだと感じます。また、AI(人工知能)などの進化が叫ばれる現在ですが、そんな時代だからこそ、人間同士で楽しむスポーツの価値は高まっているとも感じています。
――事業側と競技側、フロントとチームの関係はいかがですか。
岡村: チームと事業の協力体制は、日々コミュニケーションを取りながら注力してきました。今は非常に良い関係を築けていると感じています。監督・コーチ・選手の中にも、ベイスターズが考える経営や球団理念に共感してくれている人が増えてきましたし、かつての三浦大輔さんがそうだったように、自ら行動することが自分自身のハッピーにもつながると言ってくれる選手も出てきました。
組織的には、私が球団・球場の社長も兼ねながら、球団代表の三原(一晃)、高田(繁)GMと連携して一元的に経営できているのは強みだと思います。
――事業を推進する上でどんな人材を求めていますか。
岡村: 私が総務省の官僚出身であり、役所も2、3年で人事異動していくことも影響しているかもしれませんが、私自身がカリスマとして機能するのではなく、個々人が主役としてしっかり役割を発揮し事業が進められる組織になることが理想です。そして、自分の生きがいや今のやりがいを大切にしながら、他者や将来を思いやれる人ほど、新しい取り組みができると感じています。
こうした考え方は、選手のセカンドキャリアにも裨益(ひえき)できると思っています。ピカピカのビジネスエリートマンが、選手出身者の中から出てくるのも素晴らしいことですよね。
他者を尊重する。才能と努力を遺憾なく発揮する。全てスポーツで学べることですし、こういうことをしっかりと考えられる人が、増えていくといいと思います。彼らが自尊心を持って働ける環境を創出しながら、球団としてさまざまな価値を社会に生み出していきたいですね。
スポーツで未来へつなぐ街づくり
ベイスターズは単なるプロ野球球団にとどまらず、スポーツを通して「都市空間創造」を行っていくという 【写真は共同】
岡村: スポーツは成長産業だと思います。私は「公共の磁場」と言っていますが、スポーツ産業は、人、モノ、カネ、時間、情報をもっと使われていいプラットフォームだと思っています。
私たちも、単なるプロ野球球団にとどまるのではなく、スタジアムを所有し、改修を進めながら、近接する横浜文化体育館と連携したり、「THE BAYS」を拠点にスポーツによる街づくりを推進したりしています。観戦型や参加型両方を含めたスポーツを通して、「都市空間創造」を行っています。
――横浜の街の中心にスポーツがあるということですね。
岡村: はい。神奈川には約910万、横浜には約370万もの人たちがいます。これらの地域が支える大きなスポーツ産業プラットフォームをコーディネートしたい。課題先進国である日本の中で、スポーツを通して社会や人生を豊かにする価値創造モデルを創りたいと思っています。そしてそれを、日本全国の各地域や、将来的には東南アジアなど海外にも横展開したいとも考えています。
球団経営においては、「継承と革新」をテーマにしています。私自身も大学院で歴史を学んできたこともあり、歴史を大切にしたいと思っています。横浜という土地も、先人が開港し、彼我公園(現在の横浜スタジアムが建つ横浜公園)ができ、そして現在がある。歴史的な「地の力」があって、今こうしてビジネスをできているわけです。
こうした過去を受け継ぎ、私たちは未来の世代に何を遺すのか。未来の子どもたちが野球を楽しむために私たちが進めている「やきゅうみらいアクション」をはじめ、スタジアム増改築も、次の世代の人たちにも楽しんでいただけることを意識しています。
スポーツの語源は「気晴らし」です。スポーツが苦手という人にも、「この街に来ると楽しい」と感じてほしい。エンターテインメント空間であると同時に、ビジネス空間であり、観光空間であり、居住空間であるというように、スポーツを核に多義的な空間を創り上げ、次世代にバトンタッチできるといいですね。
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