好対照な世界王者 拳四朗×京口紘人対談
日本人同士で対戦するなら王座統一戦で
WBC世界ライトフライ級王者の拳四朗(左)とIBF世界ミニマム級王者の京口紘人が特別対談
WBC世界ライトフライ級王者の拳四朗(左)とIBF世界ミニマム級王者の京口紘人が特別対談【スポーツナビ】

 実に対照的なふたりである。物事に頓着するところがなく、おっとりした拳四朗(BMB)に対し、強いこだわりと自負心を持ち、しっかり自己主張する京口紘人(ワタナベ)。そんな気質の違いは、それぞれ歩んできた道のりにも表れている。


 拳四朗は、元東洋太平洋ライトヘビー級、元日本ミドル級王者で現BMBジム会長の寺地永(てらじ・ひさし)を父に持ちながら、ボクシングにも格闘技にも興味を示さなかった。父のもとで「最初は嫌々」グローブを握るのは、スポーツ推薦で高校に進学するため。高校3年時に全国大会で上位に進出し、大学にもボクシングで進学したが、高校で1度、大学でも1度、競艇学校の入学試験を受けている。ボクシングに対する執着はなかった。


 京口は、3歳から父の空手道場に通った。大会で華々しく活躍する兄と姉に囲まれ、劣等感を抱きながら、同時に反骨心が育まれていく。中学に上がる直前、兄の背中を追うように大阪帝拳ジムに入門。ジムでは同年代の仲間と、あの辰吉丈一郎の薫陶を受けた。「世界チャンピオンになりたいじゃなくて、なると言え」と言い聞かされ、思いを強くする。高校では国体に出場して初戦敗退も、推薦を得て大学に進学。その先にプロでの活躍を描いていた。


 ふたりの接点は大学時代。4度対戦して、結果は拳四朗の3勝1敗だったが、最後の2戦は接戦で、実質的に互角だった。それは関西大の寺地拳四朗、大阪商大の京口紘人の対戦を当時の『ボクシング・ビート』誌が「この階級きっての実力者対決」と伝えていることからもうかがえる。2学年下の京口にとっては「ずっと寺地さんの背中を追いかけていた」というライバル。そのとおり、拳四朗が2013年に国体優勝、全日本選手権準優勝と結果を出した翌年、京口が国体優勝、全日本選手権準優勝と、面白いことに同じ成績を残している。


 プロでも、一足先にデビューしていた拳四朗が昨年5月、WBC世界ライトフライ級王者となった2カ月後、京口がデビューから1年3カ月というスピード出世でIBF世界ミニマム級王者となる。その後、ここまで拳四朗は防衛2度、京口は防衛1度。京口が猛追するも拳四朗が一歩リードの距離感は変わらないが、拳四朗のスタンスは「一緒に関西でやってきたから、うれしいし、チャンピオンがふたりも出て、関西(学生リーグ)もレベルが高いんやなって、思ってもらえたらいいですよね」というもの。


 ライバルであり、同志でもあり、性格も歩みも好対照。そんな、ふたりの世界チャンピオンに語り合ってもらった。(取材、2月22日/ワタナベジム)

初対戦は村田諒太アマチュア最後の試合の日

大学時代に拳を交えた2人。大学前から拳四朗を意識していた京口(左)に対し拳四朗は……
大学時代に拳を交えた2人。大学前から拳四朗を意識していた京口(左)に対し拳四朗は……【スポーツナビ】

――お互いを認識したのは、いつ頃でしたか?


京口 僕は大学に入る前ですね。大学に入るまでに体作りとか、いろいろとできることを準備してたとき、大学にはどんな選手がいてるんだろうと思って、試合も何回か見たんですけど。嫌な人おるわ、やりたくねえと思って(笑)。


――拳四朗選手は?


拳四朗 ……。


京口 多分、試合をする直前まで知らないですよ(笑)。初めてやったのは、僕が1年のときの国体の近畿ブロック予選ですね。和歌山でやったやつ。


拳四朗 よう覚えてんなあ(笑)。


京口 2012年。村田(諒太)さんの(アマチュア)最後の試合のときですよ。


拳四朗 ああ、村田さんが囲まれて、サインとか求められてた気がするな。


京口 村田さん、リングシューズをパクられて、ランニングシューズで試合したじゃないですか。


拳四朗 え? マジで(笑)。それは知らんかったな。


――当時、ニュースにもなりましたね(笑)。


京口 そうですよね(笑)。自分が1年のときのリーグ戦では、当たらなかったんですよね。ちょうど競艇に行くか、行かへんかのときで。


拳四朗 俺が3年のときやろ? 途中、ボクシングやめようかなって思ってたからな(笑)。


――京口選手は1年のときの関西学生リーグ戦で階級賞に選ばれているんですよね。


京口 そうですね。1年のときは全勝でした。だから近畿ブロック予選のライトフライ級は、寺地さんとふたりしか出てなかったんですよ。他の県が避けて。いきなり決勝で。


拳四朗 ああ。


――あ、覚えていますか?(笑)


京口 なんとなくでしょ?(笑)


拳四朗 時期とか、まったく覚えないタイプなんで(笑)。


京口 自分にとっては大きい試合でしたね。寺地さんは、高校でも全国で活躍してますけど、自分は、ほぼ無名やったんで。


拳四朗 そうやったん?


京口 高校のときはジムから出てたんで、インターハイには出られなくて、国体しか出てないんで。大学に行って、周りからしたら「誰や? こいつ」みたいな感じやったんですよ。


拳四朗 大学に入ってきたときから、強いなって思ってたけどな。


京口 1回目は、その競艇に行く、行かへんで寺地さん、動きが悪かったですよね。


拳四朗 そのときのコンディションとかもあるもんな。


――最初は京口選手が勝って。


京口 10対9の判定でした。でも、2回目はタコ殴りにされました。翌年のリーグ戦やったんですけど、もうボコボコにされて(笑)。確かフルマークの判定で負けました。やっぱり、動きが違いましたね。修正されました。


拳四朗 そうなんや、そんな修正したんかな?


(一同爆笑)


京口 2回目は足を使われましたね。行っても行っても、まったく付き合ってくれない展開がずっとやったと思います。


拳四朗 ああ。焦って、来てくれたよな。


京口 そうです、そうです。入るところ、入るところに合わされるイメージでしたね。


――拳四朗選手は、今とは違ってファイタータイプだったんですよね?


拳四朗 アマチュアのときは、そうですね。3分3ラウンドやし。


京口 3回目、4回目はずっと打ち合いですもんね。最後は東京国体(2013年)の準決勝やったんですけど、開始30秒に僕がバッティングをボコンもらって、ボーン倒れて(笑)。


拳四朗 ああー(笑)。懐かしいな。


京口 あれで減点ってなって、競ってたんで「これは勝ったんちゃうかな」と思ったら、負けました(笑)。


――2年間で4回も戦って、どのように感じていましたか?


拳四朗 またかって感じですね(笑)。


京口 僕は、もう食らいつくぞ、かみついてやるぞって。


拳四朗 やりたくはなかったですね。もっと弱いのとやりたいですよね。


京口 あ、それはありますね。トーナメントだったら決勝とか、どうせならいいところで。


拳四朗 そうそう。


京口 僕の中では寺地さんに勝てば、全国で優勝狙えるぐらいやったんで。でも、そうやって関西にライバルがいてるのは大きかったですよ。


――以前、「寺地さんの背中を追いかけていた」と。


京口 同じ関西リーグの関大と商大で、いい距離感でしたしね。


――学校としても優勝争いをしているし。


京口 そうそう。(階級別の団体戦の)リーグ戦って、1発目が大事なんですよ。


拳四朗 よう言われたな。いっちゃん最初が大事やって。


京口 強い大学って、共通してライトフライが強いんです。


拳四朗 流れがあるもんな。勢いがつくし。それはあったな。


――先鋒というプレッシャーもありましたか?


京口 僕は、こういう性格なんで、みんなに「行ってくんで!」って感じですけど、寺地さんは、また図太い感じですよね。


拳四朗 深く考えないからね。「よし、行こう」ぐらい(笑)。

軽量級は童顔が多い!?

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――お互いの当時の印象はどうでしたか?


拳四朗 距離感もいいし、ステップも速いし、あんまり接近したくなかったですね。


京口 寺地さんはジャブですね。


拳四朗 アマチュアの頃からジャブ使ってた?


京口 いや、使ってましたよ。で、今はフィジカルやってるから筋肉質ですけど、寺地さん、細かったですもんね。僕が言うのもあれやけど、子どもみたいなんですよ。でも、見た目以上にパワーがありましたね。顔も優しいし、こんな感じじゃないですか? 裏腹です(笑)。


拳四朗 自分もそうやん(笑)。


京口 いやいやいや(笑)。見てくださいよ、このベビーフェイス。


――(笑)


拳四朗 今、何歳って言われる? 十代でいけるやろ?


京口 19歳。大学1年生ぐらいでいけますね。それぐらいでしょ? 寺地さんも。


拳四朗 うん。言われる。全然いける。軽量級って、多いんかな?


京口 そこは絶対、そうですよ。


――比嘉大吾選手(白井・具志堅スポーツ/WBC世界フライ級王者)は、おじさんと言われると(笑)。


京口 大吾は見た目、30歳ですよ(笑)。ひげ生やして。


拳四朗 いくつ?


京口 22歳です。


拳四朗 俺の4つ下か。見えへんな(笑)。


京口 そういえば、寺地さんが先にプロデビューして、東京初見参のとき(2015年3月、後楽園ホールの長嶺克則(マナベ)戦)、長嶺さんのほうが、評価は上やったんですよ。アマから転向してきた選手って、まだ評価も分からないじゃないですか?


――拳四朗選手は3戦目。長嶺選手は1階級上のフライ級で体格差もありましたしね。


京口 僕は絶対勝つと分かってたんで、ツイッターにも寺地さんが勝つって書いたんですよ。そしたら誰かが、いや、そんなことはない。顔を見てみい、弱いやろって。僕は、いやいや、ああ見えて、めっちゃ強いぞと(笑)。


(一同爆笑)


京口 案の定、切り裂いて、TKOじゃないですか? で、評価が一気に上がったじゃないですか? 拳四朗っていうのが出てきたぞって。僕はアマチュアでやってたから、分かってたんで。


拳四朗 東京に出ると違うよな。

船橋真二郎

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社)、『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)に執筆。『ゴング格闘技』(イースト・プレス)でコラム連載。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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