殊勲の勝利で“成り上がった”木村翔「どんどん欲が出てきている」

船橋真二郎

年末の5大世界戦の中で異彩を放ったWBO世界フライ級王者の木村翔 【写真は共同】

“空振り”で、これだけ人を惹きつけるボクサーもいないのではないだろうか。1ラウンドからアクセル全開。攻めて、攻めて、攻めまくる。パンチをブンブン振り回し、そのうち1発当たればいいというボクシングは、泥くさく、どこか人間味があふれた。

 2017年の年末、30日、31日に集中開催されたプロボクシングの“5大世界タイトルマッチ”。その中でもひときわ異彩を放ったのが、WBO世界フライ級王者の木村翔(青木)だった。

 17年7月、中国・上海で北京、ロンドンと五輪2大会連続金メダルの英雄ゾウ・シミン(中国)を終盤11ラウンドで攻め落とし、ベルトを奪取。ほんの半年ほど前まで日本ライトフライ級9位が肩書きだった無名の木村がやってのけた殊勲は、大きな驚きをもって、受け止められた。

 真価を問われる大晦日の初防衛戦。挑戦者として迎えたのは、元WBC世界フライ級王者でアマチュア時代にはアテネ五輪に出場した“エリート”五十嵐俊幸(帝拳)だった。それも苦手を自認するサウスポーとあって、かつてないようなプレッシャーを強いられるものと思われた。だが、フタを開けてみれば、らしさを存分に発揮しての9回TKO勝ち。ゾウ戦がフロックではなかったと証明し、評価も急上昇させた。

 有吉将之・青木ジム会長によれば、試合前の控え室でも、「まったく緊張していなかった」という木村。4回戦の頃から度胸の良さがあり、物怖じすることがなかったという。「子どものように純粋に楽しめる才能」(有吉会長)が、木村を読み解くキーワードのひとつ。タイ、大阪、香港、中国とアウェー戦が続き、16年5月以来となる東京のリングでもあった五十嵐戦も、1万5千という敵地の大観衆を前にしたゾウ戦も、肩に力が入ることも、縮こまることもなく、むしろ「うれしそうだった」と有吉会長は振り返る。

 スター選手のゾウに勝利したことで、中国での知名度は日本でのそれを大きく上回る。取材の日は、中国のネットメディアの取材も入っており、20日に中国・深センで開催された興行にゲストとして招待されてもいる。大晦日、その魅力を大いに知らしめたが「もっと、木村翔というボクサーをアピールしたいし、まだまだハングリーでいきたい」という29歳の“成り上がり”ボクサーに話を聞いた。

サウスポー対策をして自信を持ってリングに

ゾウ・シミン戦を「まぐれ」と言われないためにも重要だったという初防衛戦 【写真は共同】

――五十嵐選手との初防衛戦は、試合後のリング上でも言っていましたが、自身の力を「証明する舞台」だったと?

 もちろん。やっぱり、ゾウ・シミンを倒したことが「まぐれだった」と言われないように。大晦日の試合が一番大事だなと僕は思っていました。

――そういう意味でも、プレッシャーはゾウ戦よりも大きかったんじゃないかと思います。

 そうですね。ゾウ戦は、本当にやるだけ。挑戦者なんで、プレッシャーなんて何もなかったのですが、今回は正直、少しはあったかもしれないですね。やっぱり日本ですし、知り合いもいっぱい観に来てくれるのもあって、多少はプレッシャーがありました。

――それでも「少し」とか「多少」というくらい?(笑)

 多少ですね。実際、当日になってみないと分からなかったんですけど、まあ、微々たるものでした(笑)。体も硬い感じは全然なかったし、いい感じの緊張感で当日を迎えられたかなと思います。

――その一方で、ゾウ戦の時より自信はあったのではないですか?

 ゾウ戦よりはありました。あの時は、一発も当たらなかったらどうしようとか、不安もありましたけど、パンチも当たったし、KOもできたし。ゾウ・シミンに当たったのだから、五十嵐さんにも大丈夫だろう、と。でも、試合が決まった時は「うわっ、サウスポーかよ」と思うくらい苦手意識が強かったのですが、香港とタイでたくさんスパーリングをやってきたし、タイのスパーリングパートナー(世界ランカー)に「しっかり自信を持て」と言われて。自分を信じて、自信を持ってやることが大事かな、と思っていました。

空振りも含めて「木村翔のスタイル」

空振りも多いと言われるが、ボクシングを知らない人からは「面白い」と言われる試合が自分のスタイルと話す 【写真は共同】

――あらためて試合を振り返って、自身の評価は?

 正直、ゾウ戦ぐらい行けてないかなって。距離があっても、そこまで行かなくてもパンチが当たると感じたから。そこは甘えた部分ですね。もっとガンガン、プレッシャーをかけられたかなとは思いました。

――それが一夜明け会見の時、100点の評価をつけた有吉会長に「それは甘いです」と返していた部分ですか?

 そうですね。あとビデオで見ると、ちょっと打ち疲れてましたね(笑)。

――確かに途中、スピードが落ちたと感じました。

 自分の気持ち的には、まだ全然行けるんですけどね。(有吉会長に)12ラウンドのミット打ちでも“中だるみ”することがあると言われるのですが。その“中だるみ”をなくさないと、もっと上には行けないのかなって。

――まあ、だいぶ空振りもしましたしね(笑)。

 いやー、思っていた以上に空振りしてましたね(笑)。

――でも、派手な空振りもまた観ている人を惹きつけました。

 ボクシングを知っている人からしたら、下手クソかもしれないですけど、僕の友だちとか、ボクシングを知らない人からは「面白い」と言われることが多いんで。まあ、僕にはこれしかできないし、このスタイルで行こうかな、と思ってます。

――木村翔の個性を思いきり表現できた試合ではあったのでは?

 空振りも含めて、あれが木村翔のスタイルです(笑)。

――空振りすることも、ある程度は頭に入れているんですよね?

 そうですね。もちろん、入れてますね。

――フック、フックと外を意識させて、スッとストレートを狙ったりもして。

 ああ、それは狙っていますね。でも結構、空振って、しかも思いきり打ってるから、次の日、体がバキバキで、本当に起きられないくらい痛くなるんで。できることなら、あんまり空振りしたくないんですけどね(笑)。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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