最大の逆風にさらされるベンゲル 負のサイクルに陥った2つの理由

田嶋コウスケ

スカッドのスケールダウンと戦術幅の狭さ

エジルの獲得には大金を費やしたが、堅実な経営をするベンゲルの“良識”が足かせとなった(写真は2013年) 【Arsenal FC via Getty Images】

 こうした負のサイクルに陥った理由の1つに、スカッドのスケールダウンがある。03−04シーズンに「国内リーグ無敗優勝」という金字塔を打ち立てたアーセナルだが、それ以降は年を追うごとに選手が小粒化していった印象はどうしても拭えない。特に、ここ2シーズンはその傾向が強く、精力的な選手補強を行なうマンCやマンチェスター・ユナイテッド、リバプールといったライバルクラブから、「選手の質」と「層の厚さ」の2点で大きく引き離されてしまった。

 皮肉なことに、その引き金になったのはベンゲル主導による堅実なクラブ経営である。適正価格でしか獲得に動かないベンゲルの補強策は、経営の観点から見れば「超優良」と評価できる。しかし、各クラブが潤沢な資金を持つプレミアリーグにおいて、こうした”良識”が足かせになっているのは否めない。

 06年に移転したエミレーツスタジアムの建築費返済に目処がついたあとは、MFメスト・エジル(13年)やFWアレクサンドル・ラカゼット(17年)、FWピエール=エメリク・オーバメヤン(18年)らベンゲル監督にしては大金を費やした補強策も目立つが、いずれも市場価値から考えれば適正価格の域を出なかった。また、補強の必要性が叫ばれて久しい守備的MFとセンターバックの強化も結局、手付かずのままだ。

 17−18年シーズンにDFとGKだけで2億ポンド(約291億円)を超える補強費を投下しているマンCのグアルディオラ政権や、MFのポール・ポグバ1人に8900万ポンド(約130億円/当時)を費やしたマンUとは戦力格差が広がる一方だが、それでもベンゲルは、昨夏と今冬の市場で大胆な補強策に踏み切ることはなかった。

 もう1つの理由は、極端な戦術幅の狭さである。「戦術の多極化」が叫ばれて久しい欧州サッカー界において、「パス&ムーブ」の攻撃サッカーを信条とするベンゲルは、大胆な采配や戦術変更で敵の目をくらますことがほとんどない。対戦相手からすれば、試合前からアーセナルの出方が容易に予測できるため、当然のように対応策もとりやすい。

 一本調子に陥る傾向も強く、選手交代で試合の流れを自分たちに引き寄せることは少ない。もちろん、アーセナルらしい美しいサッカーを見せるときもある。しかし、欧州サッカー界全体で見れば、戦術的に時代遅れの印象は隠しようもない。戦術幅の狭さが、ビッグ6クラブとの対戦成績の悪さにつながっているのは間違いないだろう。

一時代の終えんを強く感じたスタジアムの雰囲気

マンチェスター・シティに連敗。スタジアムの雰囲気は一時代の終えんを強く感じさせた 【Getty Images】

 このような悪循環が露呈したのが、先述したマンCとのプレミアリーグ第28節だった。

 イギリス全土を襲った寒波と雪の影響で、ホームのエミレーツスタジアムは6割程度しか客席が埋まらなかった。試合後の会見でベンゲル監督は「悪天候とリーグカップ決勝に敗れた複合的要因」と空席の目立つスタジアムについて言及していたが、例えばマンCとリーグ優勝をかけて争うビッグマッチとなれば、サポーターは這ってでもスタジアムに駆け付けたのではないだろうか?

 事実、試合中のサポーターのリアクションにも、どこか諦めムードが漂っていた。

 前半の33分に3失点目を喫するとサポーターからブーイング。ポジショニングの巧さやパスワーク、トラップの精度、選手個々の質など、リーグカップ決勝に続いてマンCとの実力差は歴然としていた。

 ふがいないプレーを見せるアーセナルに対し、3失点時を上回るブーイングを前半終了時に浴びせていたサポーターは、試合時間が残り10分を切ると続々とスタジアムを後にした。試合終了時のスタジアムはガラガラで、さながら練習試合を終えたような雰囲気だった。リーグカップ決勝に続いて現地取材を行った筆者も、このときばかりは一時代の終えんを強く感じ取った。

 その様子を目の当たりにした元イングランド代表DFのジェイミー・キャラガーは、「昨シーズンの危機時にはサポーターも激怒していた。しかし、今シーズンは様子が違う。アーセナルのサポーターは、クラブの成績に関心を持っていないように見える。彼らの根底にあるのは諦め。怒りから諦めに変わったということだ」とサポーターの心境の変化について語っていた。

 かつてのような強く美しいアーセナルを求めるサポーターと、03ー04シーズンを最後にリーグ優勝から遠ざかりながら、大規模なチーム改革に踏み出さなかったベンゲル監督。国内リーグで3〜4位を維持してきたことから、一見すれば「安定している」ととらえることもできたが、実際は変化に乏しいため、アーセナルには「停滞感」が蔓延していった。このまま6位でフィニッシュすることになれば、96年の就任以降、ベンゲル政権は最低の成績でシーズンを終えることなる。サポーターの間で諦めムードが漂うのも当然のことだろう。

 変われないベンゲルと、変わらないアーセナル──。ベンゲル監督の招へいを決めたピーター・ヒル=ウッド前会長も、英紙の取材に「監督交代が必要だと思う」と、指揮官交代の可能性について言及した。

 在任22年目となる今シーズン、ついにベンゲル政権終えんのときが訪れるかもしれない。

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著者プロフィール

1976年生まれ。埼玉県さいたま市出身。2001年より英国ロンドン在住。サッカー誌を中心に執筆と翻訳に精を出す。遅ればせながら、インスタグラムを開始

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