上田西を初勝利に導いた元Jリーガー 松本山雅の地域リーグ時代を知る白尾監督

元川悦子

選手権初得点・初勝利という新たな歴史を作る

上田西が1−0で京都橘を破り、選手権初得点・初勝利という新たな歴史を作った 【写真は共同】

 仙頭啓矢、小屋松知哉、岩崎悠人(いずれも京都サンガF.C.)らを輩出し、今回も上位進出が有力視された京都橘(京都)。夏の高校総体8強という実績を残すこの難敵と、1月2日の第96回全国高校サッカー選手権大会2回戦でぶつかったのが、12年ぶり2回目の選手権出場となる上田西(長野)だった。

 下馬評では圧倒的不利と見られた彼らだが、「全員攻撃全員守備」の哲学どおり、立ち上がりから一体感ある戦いを前面に押し出す。守備では3バックの中央に陣取るキャプテン・大久保龍成を中心とした堅守で相手を跳ね返し、攻撃も最前線に陣取る長身FW根本凌を軸にスピーディーな攻めで応戦。ボランチ・宮下廉の精度の高いプレースキックでも何度かチャンスを作った。

 そして0−0で迎えた後半22分、直前に交代出場したばかりの田中悟がペナルティーエリア内の混戦でPKをゲット。大久保が確実に沈めて1点をリードする。その後、京都橘の猛攻を受けたが、全員が集中力を切らすことなく粘り強い戦いを続け、1−0でタイムアップの瞬間を迎える。上田西は選手権初得点・初勝利という新たな歴史を作ることに成功した。

 直後の勝利インタビュー。マイクを向けられた就任2年目の白尾秀人監督は感極まって言葉に詰まり、涙をこぼしそうになった。

「(出身地の鹿児島県)与論島から仲間がたくさん来てくれたので……。もちろん選手権で初めて勝ったことにも感動しましたけれどね」と彼は恥ずかしそうに笑っていた。

自身の経験から、貪欲さと諦めない姿勢を伝える

 遠い南国出身の37歳の指揮官が長野県にやってきたのは2006年。当時J2のヴァンフォーレ甲府から北信越リーグ1部を戦っていた松本山雅に移籍することになったのだ。辛島啓珠監督(現・鈴鹿アンリミテッド監督)率いる当時の山雅はJリーグ入りを目指して本格的に動き出したばかりのころ。土橋宏由樹らプロ選手は数人いたが、大半がアマチュアの雑草集団だった。選手たちが練習場を転々とし、自らビラを配ったり、チケットを売るのも当たり前。まさに苦しい時代の生き証人と言っていい存在なのだ。

 その彼はV・ファーレン長崎、FC琉球を経て現役を引退した後、わざわざ長野県に根を下ろして指導者に転身。東海大三や地球環境、野沢南といった高校で経験を積み、16年から上田西へ。常勤講師になると同時にサッカー部監督に就任した。

「白尾さんが来る前はただロングボールをスペースに蹴って、そこに走り込むようなサッカーをしていた。でも白尾さんが来てからは『適当なプレーは絶対にするな』と厳しく言われるようになった。ロングボールを蹴るにしても、つなぐのか、スペースに展開するのかをハッキリさせるように指示された。何事も徹底してやり切ることの大切さをたたき込まれました」と大久保は語る。

 上田西は松商学園や創造学園のような学校ではないため、県内外から広範囲にタレントを集めることはできない。大久保も地元クラブ・上田ジェンシャンのジュニアユース出身だ。好セーブを連発したGK小山智仁はAC長野パルセイロジュニアユースの第3GKだったという。この日のスタメンで県外出身者は根本くらい。それでも白尾監督は自らのプロ経験を踏まえて、高いレベルを選手たちに求め続けた。その貪欲さと諦めない姿勢が伝わった結果、彼らは長野県を制覇。選手権へと駒を進めてきたのだ。

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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