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大仁田、“闘魂継承者”藤田組に勝利
43年半のレスラー人生に“本当”の幕
“邪道”大仁田厚7度目の引退には、超満員札止めとなる2000人のファンが集結した
“邪道”大仁田厚7度目の引退には、超満員札止めとなる2000人のファンが集結した【写真:SHUHEI YOKOTA】

 6度の引退、復帰を繰り返した“邪道”大仁田厚が、10月31日、東京・後楽園ホールで、「大仁田厚ファイナル」を開催。2000人(超満員札止め)の大観衆の前で、“闘魂継承者”藤田和之組を蹴散らし、43年半に及んだレスラー人生に幕を引いた。


「今度こそ本当に引退」と何度も発言していた大仁田。引退、復帰を繰り返してきたが、年齢は同25日で還暦となる60歳を迎え、肉体的には左ヒザ、右手、肩がボロボロ。第一線でファイトするには限界と感じていた。“邪道”の最後を見届けようと、前売りの指定席チケットは大会前日に完売。当日若干枚の立ち見券が発売されたが、それもあっという間にソールドアウトとなり、同所は立錐(りっすい)の余地もないほど、パンパンの大観衆で埋め尽くされた。

サンダーファイアー7発で論外をし止める

“猪木の愛弟子”藤田(左)に毒霧を噴射。最後まで邪道ファイトを見せつけた
“猪木の愛弟子”藤田(左)に毒霧を噴射。最後まで邪道ファイトを見せつけた【写真:SHUHEI YOKOTA】

 大仁田が最後の相手に指名したのは、どうしても対戦がかなわなかったアントニオ猪木の愛弟子である藤田。大仁田は、自身にあこがれてプロレスラーになった“邪道継承者”のDRAGON GATEの鷹木信悟、KAIをパートナーに起用。藤田はケンドー・カシン、NOSAWA論外と組み、ストリートファイト有刺鉄線ボード・トルネード・バンクハウス6人タッグデスマッチで激突。


 のっけから、大仁田と藤田は激しくやり合ったが、藤田はイス、机の破片で殴られても、微動だにせず、まさしく“野獣”ぶりを存分に発揮。力任せにボディスラムで、有刺鉄線ボードに投げ捨てると、大仁田はもん絶。それでも、立ち上がった大仁田は、有刺鉄線バットを手にした藤田に毒霧を噴射。これで流れが変わり、論外に鷹木がデスバレーボム、KAIがフライングボディプレスをたたき込んだ。


 ここからは、大仁田と論外のタイマン勝負。論外は大仁田が繰り出すサンダーファイアー・パワーボムをことごとくカウント2で返す。しかし、実に7発目のサンダーファイアーを食った論外は力尽き、3カウントを聞いた。

「オレは死ぬまでプロレスラー」

「プロレスに胸いっぱいになれたことを幸せだと思います」とレスラー人生に感謝の言葉を述べた
「プロレスに胸いっぱいになれたことを幸せだと思います」とレスラー人生に感謝の言葉を述べた【写真:SHUHEI YOKOTA】

 引退試合を自らの勝利で飾った大仁田は「論外、オレはオマエが大好きだ。こんなウソつきに、こんな弱い男に、たくさんの応援ありがとうございます。ひとつだけ、いいところがあります。絶対あきらめないこと。絶対夢をあきらめるな! 自分の夢を持て!」と絶叫。


 そして、「おふくろ、ありがとう。オマエら、オレみたいな男に40何年ありがとよ!」と涙声で叫んで、リングを降りた。


 ファンとの写真撮影会を終えて、控室に戻る階段を降りようとした大仁田は、歩を止め、「16歳の時に初めて、この階段を上がって、下がりました。いろいろな思い出が詰まっていて、すげーつらいけど、人生前向いて歩きます。また、いつか形を変えて会えるから。最後はもっと5万8000人の前で引退して……最初の全日本の引退のとき、(ジャイアント)馬場さんの奥さん(元子さん)が泣いて抱きしめてくれた通路。駐車場から帰るとき、体に穴が開いたような。そこを隙間風が通るような……。30何年経って、この場所がいちばん」とポツリ。


 階段を降りた大仁田は「アイツら(ファン)と別れるのがさびしいな。だけど、またどこかで会えるかなって。七転び八起きとか、また帰ってくるんじゃないかって言われるけど、最後のひと言を言うなら、オレはプロレスが大好きです。母さんが、オレがプロレスをやめるまで、大好きな日本茶を飲まないでいてくれた。今日はオレがお茶を入れてやろうかなって……。オレみたいなバカ息子が……。ここにきて、みなさんに多くのものをいただきました。いろいろなことを感じさせてくれた。月並みな言葉かもしれない。プロレスに胸いっぱいになれたことを幸せだと思います。40何年間の中に、まだ馬場さんがそこにいて、オレが付き人で……。オレは死ぬまでプロレスラーです。こんなこと言うと、また誤解されるけど、3日後(11月3日の超花火・川崎大会)は絶対ありませんので。完全にチケットがなくなったのはみなさんのおかげです。1枚1枚のチケットがこんなに、うれしくて重く素敵に感じたことは43年間の歴史で初めてです。みなさんありがとうございました」とコメントし、控室へ消えた。


 一方、敗れた藤田は追いすがる報道陣に対し、「何だよ。どけよ!」と言い放ち、試合に関して語ることはなかった。

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