際が自ら勝ち取ったカンブールへの移籍 「競争を勝ち抜くことが大事な1年」

中田徹

際のステップアップを阻んだTDの壁

昨季の際は、19位とチームが不振にもかかわらず、多くのクラブから関心を集めリストアップされていた 【Getty Images】

 海外に住んでいると理不尽なこともある。この夏の移籍市場では、ドルトレヒトのテクニカル・ディレクター(TD)と際が直接、交渉しなければならない難題が起こった。この話を理解する前提として、「今の際」は「U−23日本代表の時の際」と比べて、著しく成長を遂げたということだ。昨季の際は、チームがオランダ2部の20チーム中、19位という不振にもかかわらず、多くのクラブから関心を集めリストアップされていた。

「昨シーズンは1年を通じてレベルアップしながらプレーできました。その過程で(ドルトレヒトでのプレーに)物足りなさを感じていたのも事実です。自分のレベルが上がっても、チームのレベル自体は上がっていなかったので、もうちょっと刺激が欲しかった。

 日々のプレッシャーによって選手は成長できる。その日々のプレッシャーというものが、2年前のプロ契約した当時に比べて薄れていた。自分が努力すれば成長できるけれど、外的要因によるプラスアルファの成長は、今の環境では厳しいと感じていた」(際)

 冬の移籍市場では改革を進めるオランダ2部のクラブから「プロジェクトに参加してほしい」という話を受けたが、際にとってはステップアップと感じられずに見送った。夏の移籍市場ではまず、ポルトガル1部のクラブから話が来た。しかし、ドルトレヒトのTDは移籍に協力的でなく、移籍金すら提示しなかった。「オファーが来たら移籍金を考える」とTDは言ったが、移籍金が分からなければ、相手側のクラブも正式にオファーを出せない。

「代理人と話をしてほしい」。そう際はTDに訴えた。しかし、TDは「俺が話をするのはオファーを出すクラブだけ。代理人とは話さない」と突っぱねたという。やがて、そのクラブは待ち切れず、他の選手にターゲットを変えてしまった。

「TDが代理人と話をしてくれなくて、自分自身で交渉したり、話し合わなければいけなかった。どうしてもTD対選手は“雇っている側”と“雇われている側”なので、TDの方が強いですよね」(際)

 何とか粘ってTDから移籍金を聞き出した際だが、今度はセカンドチーム落ちという扱いを受けた。メディアには「際はホームシックにかかって日本に帰りたがっている」「際の頭の中は移籍のことでいっぱいで、練習に身が入っていない」という記事が載った。しかし、ドルトレヒトの首脳陣は際の側についてくれた。「TDのエゴで、将来性のある若い選手の芽を摘んではいけない」という良心が、彼らにはあったのだ。そこから移籍の話が進んでいった。

AZの練習参加後、カンブールからオファーを受ける

「競争に勝ち抜くことが大事な1年だと思います」と語る際 【中田徹】

 オランダのサブトップクラブ(中堅上位クラブ)、AZは以前から際のことをリストアップしていたが、現実には移籍金のかからない右サイドバック(SB)を探していた。それでも「練習に参加してみてよ」という招待を受けて、際は1週間ほど、そこで過ごした。

 練習参加とはおおむね「受かるか」「受からないか」の二択であるが、際が人として面白いのは、結果としてはテストに落ちても、そこでしっかりコネクションをつなげてしまうところだ。際は、AZからこう言われた。

「これから他のクラブからオファーが届いたら、AZが君の練習参加のレファレンス(身元保証書)を出してあげるから連絡してほしい。そこには監督やコーチの評価が書いてある」

 際がカンブールからオファーを受けたのは、AZの練習参加から間もないことである。

「AZとカンブールも親交があるのは面白いです。シーズンオフには練習試合をやっていますし、元AZの選手もカンブールにいます。去年のコーチ(アルノ・スロット)が今、AZのアシスタントコーチをやってます。僕の推測ですが、ドルトレヒトというオランダ2部リーグの下位チームと、AZではギャップが大きかったということが少なからずあって、もうワンステップ踏む必要があったと思うんです」(際)

 勉強すること、コミュニケーションを円滑にとること、必要な時には主張し戦うこと。際はその結果、オランダ2部の上位クラブ、カンブールへの移籍を勝ち取った。今回、際が気付いたことは、自分も移籍マーケットに名前が載っているということだった。オランダ1部という舞台に立てば、もっと大きなマーケットが広がってくる。

「ドルトレヒトと単純に比較して、カンブールは勝ちが求められるチームなので。昇格は絶対的な目標として掲げられています。個人的には毎週、試合に関わること。そこが一番重要です。そこで活躍することが1部昇格につながってくると思う」

 右SBのポジションにはジョルディ・ファン・デーレンという手ごわいライバルもいる。だが、こういう競争こそ、際が待ちわびたことでもあった。

「競争を勝ち抜くことが大事な1年だと思います」と際は誓った。

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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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