五輪に懸けるウェルメスケルケン際 チームと代表で向上を続けたプロ初年度

中田徹

プロ1年目は充実したシーズンに

「U−23日本代表に選ばれるという目標があって気持ちが張っている」と、際(右)はシーズンを終えた後に語った 【Getty Images】

 4月29日(現地時間)のスパルタ戦(3−2でドルトレヒトの勝利)で、ファン・ウェルメスケルケン際のプロデビューシーズンが終わった。1シーズンを完走し、さぞかし疲労困憊(こんぱい)しているのかと思いきや、「まだ、自分にはU−23日本代表に選ばれるという目標があって気持ちが張っているせいか、全然疲れを感じてないんです」とまるで余力を残しているかのようだ。

 オランダ2部リーグ開幕直後とウインターブレーク明けにそれぞれ1回、際は出場機会を失うことがあったが、終わってみれば36試合中31試合に出場できた。開幕前の目標が“25試合”だったことを鑑みても、上々の数字だ。

「先発の座をとるというところから始まったシーズンでした。冬の移籍市場でサイドバック(SB)の補強があって、自分が出られなくなった時期もありましたが、実力でポジションを取り戻すことができたので良かったです。五輪のことも視野に入れ、自分と見つめ合って、何がダメで何ができるか、どういうことが今の自分に必要か――と考え、自分で練習を増やして足りないところを克服し、突き詰めてちゃんとやれた1年間でした。また、いろいろな人のサポートもあって乗り切れた1年間だったと思います」

チームと代表、両方での課題克服

際(右)はU−23日本代表のポルトガル遠征のメンバーに選ばれたが、不安定な出来を披露してしまった 【写真は共同】

 昨季、リザーブチームでサイドハーフから右SBにコンバートされた際は、チーム事情により左SBとしてシーズンをスタートさせたが、ただガムシャラにプレーするだけだった。その後は基本的に右SBを務め、ポジショニングや体の向きを矯正し、中盤やウイングでもプレーするようになり、本人も「経験値が上がったシーズンでした」と充実のシーズンを過ごした。

 3月下旬には、U−23日本代表のポルトガル遠征のメンバーに選ばれた。メキシコ戦に右SBとして先発した際は、再三相手に背後を取られる不安定な出来。負傷もあって後半半ばでベンチに退いた。際のことを「ファン」とか、「ケルケン」と呼ぶ手倉森誠監督から受けたアドバイスを生かすためにも、ドルトレヒトで右SBをやりたかったのだが、遠征後の際はハリー・ファン・デン・ハム監督から左SB、MF、右ウイングを命じられていた。意にそぐわぬポジションだったが、この間、際のクロスの精度がどんどん上がり、4月22日のアヒレス29戦(3−3)で今季初のアシストを記録した。

 実戦で右SBができない以上、練習やピッチ外で課題克服に取り組まなければならない。ドルトレヒトのマンツーマンディフェンスと、U−23日本代表のゾーンディフェンスの切り替えは、メキシコ戦でも露呈した際の大きな課題だ。

「そのこともずっと頭の中で考えていました。アトレティコ・マドリーのフアンフラン(右SB)とフェリペ・ルイス(左SB)がどう動いているかチェックしています。相手がSB、MF、サイドハーフの3人で攻めてきた時、僕は(マークする)サイドハーフに付いていかないで、自分のポジションに戻らないといけない。アトレティコ・マドリーの試合を見ながら『ああ、(釣り出されて)行っちゃいけないな』とか、ゾーンの動きをチェックしています。アトレティコ・マドリーはチャンピオンズリーグで攻められまくっているので、SBとして勉強になります」

「上のレベルでやりたい」

 ラジオ・テレビ・ライモント局は「ストライカーのヤンガらとともにファン・ウェルメスケルケン際にも他のクラブから獲得の興味が来ている」と報じている。際は移籍についてどう思っているのだろうか。

「ドルトレヒトとの契約はあと1年残っています。開幕前から僕は『ドルトレヒトで試合に出て、代表に入って、移籍する』という目標を立てていましたが、南野(拓実、ザルツブルク)くんや久保(裕也、ヤングボーイズ)くんと話して、その欲がさらに高まりました。彼らはやはりプレーのレベルが高く、90分間スプリントし続けることができる。オランダ2部リーグだとやっぱりヌルくなる時間帯があるんですよね。ハイテンポでやり続けることができれば、SBとして攻撃参加の回数が増えたり、守備の部分で最後までしきれたりするところにつながってくる。その課題を克服するためにも上のレベルでやりたいです」

 5月6日、際は再びU−23日本代表に選ばれた。

「3月の招集は正直言って『お試し』の部分もあったと思うから、今回の方がうれしいかもしれません。前回は課題ばかりが残ってしまいましたが、何がなんでもこのチャンスを生かしたいと思ってます」

 今は大学も休学し、際は五輪に懸けている。
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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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