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鄭大世は「清水のレジェンド」になれるか
数々の浮き沈みを味わい、見いだした役割

目標のJ1残留に向け「勝ち点50」の確保を

今季はキャプテンとしてチームをけん引するチョン・テセ。クラブの最大の目標はJ1残留だ
今季はキャプテンとしてチームをけん引するチョン・テセ。クラブの最大の目標はJ1残留だ【(C)J.LEAGUE】

 猛烈な暑さに見舞われた7月22日の静岡。2017年シーズンのJ1前半戦18試合を5勝6分け7敗、勝ち点21の12位で乗り切った清水エスパルスは、7月29日のリーグ戦再開に向け、三保グラウンドで流通経済大学との練習試合に臨んでいた。45分×3本という変則的なゲームではあったが、1本目は29日の横浜F・マリノス戦を想定したメンバーがズラリと並んだ。


 キャプテンマークを巻く鄭大世(チョン・テセ)はもちろん最前線に陣取り、187センチの長身FW長谷川悠と2トップを形成した。今季の清水FW陣は鄭大世を軸に据え、チアゴ・アウベス、金子翔太らを組ませる形を取ってきたが、小林伸二監督は高さと強さを誇る2人を並べて新たなオプション構築にトライした。その成果がいきなり出て、鄭大世は長谷川、右サイドの村田和哉、左サイドのミッチェル・デュークらとの連係からゴールを量産。清水は1本目だけで5得点を挙げたが、うち4点を大黒柱の背番号9がたたき出した。


 ゴールラッシュと暑さによる疲労が出た2本目はミスから3失点というまさかの展開となり、小林監督も「1本目でたくさん点を取ったし、2本目も緩めるなよと言っていたらこうなってしまった。テセもちょっと体が重そうだったし、守備ができていなかった」と苦言を呈した。


 だが、練習試合での反省点は今後に向けていい薬になるはず。キャプテンの鄭大世自身も「静岡の暑さは尋常じゃないから正直きついけれど、本番になればメンタル的にも違ってくるからもっと走れる」と前向きに語っていた。清水の最大目標はJ1残留。勝ち点50の確保を目指して貪欲に戦っていくという。

欧州挑戦のチャンスを得るも、厳しい現実に直面

W杯南アフリカ大会後、ドイツ1部のケルンに移籍したものの、厳しい現実に直面した
W杯南アフリカ大会後、ドイツ1部のケルンに移籍したものの、厳しい現実に直面した【Getty Images】

 33歳の点取り屋はそのけん引役にならなければいけない。今季はここまで7得点。J1得点ランキングでは興梠慎三の12点、杉本健勇の10点、小林悠の9点、阿部浩之、ラファエル・シルバの8点に続く6位タイにつけている(杉本は7月22日の第22節の2ゴールを含む)。


「今季のエスパルスは守備的な戦い方をしている分、得点チャンスが非常に少ない。そういう中で7点を取れているのは評価していい。自分自身の目標はシーズン10点だったので、今のところはOKです」と鄭大世は言う。


 彼がJ1でフルシーズンを戦うのは、川崎フロンターレに在籍していた09年以来、8年ぶり。「当時の自分は『這い上がってやろう』という気持ちが先に立って、エゴの強いプレーばかりしていた」と苦笑いを浮かべつつ述懐する。念願がかない、北朝鮮代表として10年のワールドカップ(W杯)・南アフリカ大会に参戦。初戦・ブラジル戦での号泣、気迫あふれるパフォーマンスを含め、鮮烈な印象を残して同年夏に欧州挑戦のチャンスを得たが、ドイツ時代はままならない状況が続いた。


 最初の1年半を過ごしたブンデスリーガ2部のボーフムでは通算14ゴールとある程度の結果を残したが、12年1月に移籍した1部のケルンでは厳しい現実に直面する。


「あのころも『自分が、自分が』という思いが強くて、チームプレーに徹し切れていなかった。(ストーレ・)ソルバッケン監督との関係も難しかった」と本人も振り返るように、上昇志向が強すぎるがゆえに環境への適応がスムーズにいかなかった部分があったのかもしれない。結局、ケルン加入から半年後に2部降格を強いられた時に「もう1回、2部で戦うのはしんどい」と痛感。ベンチ外が続いたこともあって、翌13年頭には韓国Kリーグ・水原三星ブルーウィングスへの移籍を決断することになった。

元川悦子
元川悦子
1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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