鄭大世は「清水のレジェンド」になれるか 数々の浮き沈みを味わい、見いだした役割

元川悦子

J2で構築した「周りを生かし、生かされる関係」

鄭大世は「できるだけ長くこのクラブで過ごしたい」と強い思いを口にする 【Getty Images】

 最初はどこか悔しさや不完全燃焼感の残る韓国行きだったようだが、水原ではプレースタイルを変化させる大きなきっかけを得た。

「水原で主に求められたのは得点ではなく黒子の仕事。それが3年目(15年)に開花して、周りに点を取らせることで自分も取れるということに気付いたんです」

 こうしたプレースタイルの変化、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)での活躍ぶりが再びJリーグクラブの目に留まり、15年夏に清水へ移籍。J1残留請負人としての重責を背負ったが、その半年間のゴールはわずか4。水原で染みついた役割から抜け切れず、救世主にはなれなかった。

「エスパルスではやはりゴールが必要なんだ」と自身も痛感。ドイツ時代は2部降格チームへの残留を選ばなかったが、今回は2部での再出発を決意。16年のJ2では徐々に調子を上げ、最終的に26ゴールを奪って、J2得点王に輝くと同時に、清水の1年でのJ1復帰の立役者となることができた。

「得点王というタイトルを取ったのは昨年が初めて。舞台がJ2であろうとも、確かな自信になりました。特にラスト9連勝した時には自分が9点を取ることができた。大前(元紀)と5試合連続アベックゴールを決めてチームに勢いをつけられたし、角田(誠)、枝村(匠馬)とともに、ベテランの力というのを見せられたのも大きかったですね」と彼はしみじみと語る。

 中村憲剛、川島永嗣といった年長者に囲まれ、点取り屋としての自分を生かしてもらっていた川崎時代、成功を強く追い求めて挫折したドイツ時代、黒子としてチームを支える重要性を学んだ水原時代……。これまでのプロキャリアの全てを凝縮させ、発展させようとしているのが現在の鄭大世である。

 J2で「周りを生かし、生かされる関係」を構築した経験と実績を武器に、今季J1で鄭大世はさらなる飛躍を期している。小学校6年生以来というキャプテンマークを自ら巻いたのも、リーダーかつベテランとしての強い思いの表れだ。

「自分みたいに遠慮なくモノを言う人間は、若手にとっては口うるさいし面倒だろうけれど、前向きな方向に進んでいるのは確か。20歳前後の松原(后)や金子なんかも自分の要求に一生懸命応えてくれるし、合わせてくれているからすごくありがたい。そういう環境を周りが作ってくれているから、自分は輝ける。今はエスパルスに感謝していますし、できるだけ長くこのクラブで過ごしたい。あと5年はここでやりたい気持ちが強いです」

キャプテンとして、タフで激しく戦える集団に

数々のクラブを渡り歩き、自らの役割を見いだした鄭大世は清水に何を残すのだろうか 【Getty Images】

「清水のレジェンド」を目指す鄭大世に託される目先のテーマは、前述の通り、J1残留に他ならない。だが、このクラブが93年のJリーグ発足時から名を連ねるオリジナル10の1つだということは、決して忘れてはならない点だ。90年代〜00年代には優勝争いに絡むこともしばしばあり、森岡隆三、戸田和幸、三都主アレサンドロ、市川大祐、岡崎慎司といったW杯出場選手を次々と輩出した過去があるだけに、名門復活に寄与することも間違いなく求められている。

 その重責をよく理解しているからこそ、鄭大世は松原、金子、北川航也といった若いタレントたちを容赦なく叱咤(しった)激励し続ける。彼らを筆頭に、清水をもっとタフで激しく戦える集団に変貌させること。それが現実となれば理想的だ。

「Jリーグに戻ってきて丸2年が経ちますが、球際の部分の物足りなさは依然として強く感じます。その要因を考えてみると、レフェリングの問題が1つ挙げられるかなと。日本では人やルーズボールに厳しくいくプレーでもファウルを取られ、イエローカードが出る傾向が強いですけれど、ドイツは全く違った。韓国も自分が水原に移籍した時点では、イングランドの影響を受けたせいか、ファウルを取る回数が減っていた。日本ももっと海外の現状に目を向けるべきだと思います。

 1つ前向きなことを言うなら、今季ACLに参戦した4チームは球際が強くなっている。それは確かです。翻ってエスパルスを見ると、J1で一番球際が弱いし、1対1の部分でタフに戦えない。ボランチも組織的、戦術的に守ったり、ボール奪取することはできますけれど、ガチンと当たりにいって奪い切ることはできない。それはチーム全体として改善していくべき課題でしょう」

 彼が指摘する通り、清水の選手たちが個々のバトルに対して、より高い意識を持ち、球際を制することのできる集団になれれば、より多くの勝ち点を稼げるようになるはず。勝負を分けるポイントをかぎ分ける嗅覚やしぶとさも養われるだろう。

「ここまでの戦いを見ても、勝てる試合で追いつかれたり、点の欲しいところで取れなかったりと、勝負どころのツメの甘さが気になります。ゲームが動く時を大きく分けると、立ち上がり、得点後、失点後、終盤。この4つが極めて重要なのに、ウチはその時間帯にことごとくやられている。そこでミスをしなければ、もっと勝ち点を伸ばせるはず。

 ただ、前半戦を戦いながら露呈した弱点を1つずつ消せているという手応えは感じています。今は集中するポイントが理解でき、集中力も高まっている。組織としても2年前より圧倒的に強固になっているので、後半戦がすごく楽しみです。エスパルスは、個人能力は決して低くないし、もっと上に行けるチーム。そうなるように、自分が今後も周りを鼓舞していきます」

 そう語気を強めた鄭大世が苦手な夏場を乗り切り、ゴールを量産してくれれば、清水が小林監督の言う「勝ち点50」に到達することも夢ではない。数々の浮き沈みを味わい、現在の環境で果たすべき明確な役割を見いだした33歳のキャプテンは、ここから清水に何を残してくれるだろうか。

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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