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背泳ぎ金メダリストが“自由形”で新境地
古賀淳也、30歳で迎える世界水泳

 水泳の世界選手権(以下、世界水泳)が7月14日、ハンガリーのブダペストで開幕した。競泳(23日〜30日開催)の日本代表に選ばれた、全25選手の大会への思い、これまでのストーリーとは。全25回連載の第24回は、背泳ぎ、フリーリレーメンバーの古賀淳也(第一三共)を紹介する。


■古賀淳也を知る3つのポイント

・2009年の世界水泳では、背泳ぎで金メダル、銀メダルを獲得

・12年ロンドン五輪、15年世界水泳は代表ならず

・自由形も本格的にトライ。16年リオデジャネイロ五輪(以下リオ五輪)、今回の世界水泳では、フリーリレーの代表権を獲得

世界水泳金メダルもロンドン五輪出場ならず……

09年世界水泳では100メートル背泳ぎで金メダルを獲得した古賀淳也。試行錯誤をしながらたどり着いた今大会では、どんな戦いを見せてくれるだろうか
09年世界水泳では100メートル背泳ぎで金メダルを獲得した古賀淳也。試行錯誤をしながらたどり着いた今大会では、どんな戦いを見せてくれるだろうか【写真:築田純/アフロスポーツ】

 今から8年前。センセーショナルな泳ぎでその名を世界にアピールしたのが、古賀淳也だった。2度目の世界水泳となった09年イタリア・ローマ大会の100メートル背泳ぎで、驚異的なロケットスタートを武器に金メダルを獲得。50メートル背泳ぎでも銀メダルを手にしたことで、今後は古賀が日本の背泳ぎ界をけん引していくものだと、皆が思っていた。ところが、11年の世界水泳(中国・上海)ではメダリストとして臨むも、50メートル、100メートル背泳ぎの両方で準決勝敗退。12年ロンドン五輪の選考会でも、世界を制したロケットスタートは鳴りを潜め、代表から落選。ここから古賀はしばらく世界の舞台から姿を消すことになった。


 古賀が再び世界に姿を見せたのは、ロンドン五輪代表脱落から4年後。夢にまで見た五輪の舞台だった。背泳ぎで世界を制した男は、自由形でもそのスプリント力を発揮し、4×100メートルフリーリレーメンバーとして選ばれたのだ。

自由形で開いた新たな扉

フリーリレー代表として今大会の出場権を獲得。昨年12月の世界短水路選手権で日本記録を更新した50メートル背泳ぎにもエントリーされた
フリーリレー代表として今大会の出場権を獲得。昨年12月の世界短水路選手権で日本記録を更新した50メートル背泳ぎにもエントリーされた【写真:築田純/アフロスポーツ】

 自由形への転向は、本人すら予想していなかった。16年リオ五輪の選考を兼ねた4月の日本選手権。100メートル背泳ぎでまたしても五輪代表を逃した古賀は、100メートル自由形にエントリーしていた。失意の古賀は棄権する予定だったが、現在練習拠点の米国で指導を受けるサム・ウェンズマンコーチの「誇りを持って泳いでこい」という言葉を胸に出場。見事に自己ベストを更新してリレーの代表入りを果たしたのである。


 今年の世界水泳も、4×100メートルフリーリレーの代表として出場することが6月の和歌山県選手権で決まった。さらに「チャンスがあれば、もう一度背泳ぎで世界の舞台に立ちたい」という背泳ぎ(50メートル)にも、エントリーされた。


 だが、世界水泳の競泳が始まる4日前の19日、30歳の誕生日を迎える大ベテランは、「世界選手権で金メダルを取った経験もある僕が、後輩に伝えられることはある」と、まずは自由形をメインに据えて、チームのために陸でも水中でも全力を尽くす。

田坂友暁

1980年、兵庫県生まれ。バタフライの選手として全国大会で数々の入賞、優勝を経験し、現役最高成績は日本ランキング4位、世界ランキング47位。この経験を生かして『月刊SWIM』編集部に所属し、多くの特集や連載記事、大会リポート、インタビュー記事、ハウツーDVDの作成などを手がける。2013年からフリーランスのエディター・ライターとして活動を開始。水泳の知識とアスリート経験を生かした幅広いテーマで水泳を中心に取材・執筆を行っている。

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