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羽生結弦、壁の先にある答えを探して
挑戦し続けたソチ五輪以降の3年間

 来年2月の平昌五輪に向けたシーズンが、いよいよ始まる。今季もこれまで以上に過酷で、ハイレベルな争いが展開されるだろう。前回のソチ五輪から3年半。出場権を狙う選手たちはどのような道を歩んできたのか。連載の第1回は羽生結弦(ANA)の過去3シーズンを振り返る。

「僕は人一倍欲張りなんだと思う」

「壁の先には壁しかなかった」。2014年12月の全日本選手権で大会3連覇を飾りながら、羽生結弦はさらなる高みを見据えた
「壁の先には壁しかなかった」。2014年12月の全日本選手権で大会3連覇を飾りながら、羽生結弦はさらなる高みを見据えた【坂本清】

「壁の先には壁しかありませんでした。人間は欲深いもので、課題が克服できたら越えようとする。たぶん、僕は人一倍欲張りなんだと思います。だから何度でもその壁を越えようとするんです」


 2014年12月の全日本選手権で大会3連覇を飾った羽生結弦はこう語り、激動の1年を振り返った。同年2月のソチ五輪で日本男子選手として初の金メダルを獲得。さらに翌月の世界選手権も制し、前年12月のグランプリ(GP)ファイナルを含めたシーズン3冠を達成した羽生は、まさにフィギュアスケート界の頂点に立つ存在となった。


 しかし、五輪翌シーズンはアクシデントに見舞われた。14年11月のGPシリーズ中国杯では、フリーの6分間練習で閻涵(中国)と激突して頭部や左大腿など計5箇所を負傷。強行出場したそれから3週間後のNHK杯では、「ここまでボロ負けしたのは小学生以来」と語るほどミスが相次ぎ、4位に終わった。


 それでも、6人中6位で進出したGPファイナルは優勝を飾り、2連覇を達成する。続く全日本選手権も体調不良の中、2位に35点差をつける圧勝で3連覇を果たした(その後、尿膜管遺残症と診断され手術をした)。


 過密日程やケガの影響で肉体的・精神的に厳しい状態でも、今できうるベストの演技を見せる。1つ1つ課題をクリアし、より進化を遂げていく。そして課題をクリアしてきた先に見えたのが「壁だった」という。

「もっと強くなりたい」という渇望

15−16シーズンのNHK杯ではショート、フリー共に当時の世界歴代最高得点を更新。あえて難度の高いプログラム構成で挑んだことが、この快挙を生んだ
15−16シーズンのNHK杯ではショート、フリー共に当時の世界歴代最高得点を更新。あえて難度の高いプログラム構成で挑んだことが、この快挙を生んだ【坂本清】

 ソチ五輪以降の3シーズン、羽生はこの「壁」と戦い続けた。15−16シーズン、GPシリーズ初戦のスケートカナダで2位に甘んじた羽生は、「もっと成長したいという気持ちを込めて」次のNHK杯で、あえて4回転ジャンプを増やす難度の高いプログラム構成に変更。その結果、ショート106.33点、フリー216.07点、合計322.40点といずれも世界歴代最高得点を更新する圧巻の演技を見せた。


「自分自身に『絶対王者だぞ』と言い聞かせながら滑りました。奇跡的な演技ができたし、点数以上に僕自身が自分の演技を成し遂げられたことに意味を感じています。ただ、まだこれがゴールではないです。日々の成長を楽しみながら、自分の限界に挑戦していきたいと思います」


「絶対王者」という言葉を用いて、自身にさらなるプレッシャーをかけるその精神力。そこには「もっと強くなりたい」という渇望があった。NHK杯の2週間後に行われたGPファイナルで、羽生はショート110.95点、フリー219.48点、合計330.43点をマークし、再び世界歴代最高得点を更新してみせる。


 ただ、このシーズンはGPファイナルを境に調子を落としていく。全日本選手権は4連覇を達成したものの、ジャンプでミスを連発。「こんな演技を二度としないようにしたい」と反省の弁を述べた。また世界選手権ではショートで110.56点と自己ベストに近い点数を出しながら、フリーで崩れ2年連続ハビエル・フェルナンデス(スペイン)の後塵を拝した。

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