遅咲きの新星・大橋悠依が挑む世界水泳 メダル候補もプレッシャーなし

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 水泳の世界選手権(以下、世界水泳)が7月14日、ハンガリーのブダペストで開幕した。競泳(23日〜30日開催)の日本代表に選ばれた、全25選手の大会への思い、これまでのストーリーとは。全25回連載の第20回は、個人メドレーの大橋悠依(東洋大)を紹介する。

■大橋悠依を知る3つのポイント
・日本選手権で2冠達成、400メートル個人メドレーでは日本記録をマーク。
・元は背泳ぎを専門種目としており、入江陵介に憧れていた。
・貧血が原因だった体調不良を克服し、加速度的に成長中。

突如として現れた期待の新星

4月の日本選手権で日本新記録をマークし、一躍その名前が知れ渡った大橋。その素顔は至って普通の女子大生だ 【スポーツナビ】

 4月に行われた日本選手権での2冠達成後、大橋悠依は力強く世界水泳への意気込みをそう語った。同大会では400メートル個人メドレー(4個メ)を日本新記録となる4分31秒42で制すと、勢いそのままに200メートル個人メドレーでも初優勝して、その実力が本物であることを証明してみせた。特に4個メは、リオデジャネイロ五輪(以下、リオ五輪)銅メダル相当のタイム。瞬く間に世界水泳のメダル候補に躍り出た。

 日本女子競泳界に突如として現れた期待の新星――。だが、素顔は買い物やカラオケが好きで、ファンであるアイドルグループの話題になると「1人でノリノリで歌っています」と笑顔がはじける21歳の女子大生だ。わずか4カ月前まで専門誌以外のメディアにはあまり注目されない選手だった。それが4月の日本選手権を境に、世界水泳でのメダルを期待される存在となった。さぞかしプレッシャーにさいなまれているのではないか。本人に現在の心境を問うてみると、実にあっさりした答えが返ってきた。

「とにかく必死に練習して、レースで頑張って出た結果が(日本記録の4分)31秒であって、なんで私が頑張って泳いだだけでこんなに注目されているんだろうと、あまり実感がないです」

 こちらが拍子抜けするほどあっけらかんと話す彼女から、「プレッシャー」はみじんも感じられなかった。「次に向けて練習ができていますし、気持ちも安定してちゃんと地に足をつけて強化できています」という言葉からは、夏への充実ぶりがうかがえた。

 6月中旬には高地合宿を行いながら、フレンチオープンにも出場。大橋にとっては、世界水泳までにどれだけの自信をつかみ、本番当日をリラックスして迎えるかが鍵になる。なぜなら、大橋はこれまで国際大会への出場経験が少ない、努力型の遅咲きスイマーだからだ。

背泳ぎが得意だったジュニア時代

個人メドレー種目で代表入りを果たした大橋だが、元は背泳ぎの選手だった 【写真:ムツ・カワモリ/アフロ】

 滋賀県彦根市で生まれた大橋は、3人姉妹の末っ子として育った。幼稚園時はピアノや体操教室に通っていたが、姉が地元の彦根イトマンスイミングスクールに通っていた影響もあり、小学校に上がるタイミングで水泳を始めた。今でこそ個人メドレーの代表だが、もともとは背泳ぎを得意としており、同種目でジュニア五輪に出場した経験を持つ。

 長い手足と柔らかい関節に恵まれていた大橋は小学3年の頃から少しずつ記録を伸ばし続け、中学1年時に初めて背泳ぎでジュニア五輪の決勝へと進出する。その頃から「もっと上にいきたい」と考えるようになった。

 この「スイミング」から「競泳」に意識が変化し始めたタイミングで、大橋は一つのターニングポイントを迎えている。それまで背泳ぎ1本で勝負していたスタイルを変え、さまざまな種目で泳ぐようになったのだ。

「中1から個人メドレーをやり始めていろいろな種目を泳ぐようになって、たまたま個人メドレーがうまくいきだしたんです」

 記録が伸びていることもあり、この時期から本格的に強化を開始した。これがのちの日本代表入りにもつながっていく。

偶然から生まれた持ち味

日本競泳界に突然現れた新星は、世界も驚かせることができるのだろうか 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

 当時から「人の泳ぎを見るのが好きだった」という大橋は、入江陵介(イトマン東進)に憧れて泳ぎを研究した。入江の出場レースがテレビで放送されると必ず録画し、繰り返し見ていたという。研究熱心な反面、「毎日辛いなと思っていた」と話すほど練習は苦手で「いかに疲れないように練習するか」を考えていた。ただ、ひとたび練習が始まると高い集中力を発揮し、もくもくと泳いだ。その過程で大橋は自らのスタイルを確立していく。

 大橋の持ち味はのびやかな泳ぎ。ゆっくりとした大きなストロークと柔らかな関節で一掻きずつきっちりと水を捉える効率のいい泳ぎは、「疲れない練習」を意識することで自然と身についた“偶然の産物”でもあった。しかし、これが指導を受ける平井伯昌との出会いにも大きく影響することとなる。2012年のジャパンオープンで大橋の泳ぎを初めて見た平井は、その「すごくゆったりとした泳ぎ」(平井)に素質を感じ、目を付けたのだ。

 この大会がきっかけとなり、平井が指導する東洋大に誘われた大橋だが、当初はなかなか芽が出なかった。入学してからしばらくは練習に付いていく体力がなく、陸上トレーニングを課される日々。さらに1年次の終わり頃には「頑張ろうとする前に疲れてしまう感覚」に襲われる。練習を重ねてもタイムは「(自己ベストの)プラス10秒くらいが普通になった」。その原因は貧血にあったという。それが判明してからは、ヘモグロビンの数値を増やす薬を飲み、鉄分を多く取る食生活に変えていった。こうした取り組みの効果もあり、徐々に本来の調子を取り戻していくと、そこからは加速度的な成長を遂げる。

 大学3年に上がった直後に行われた昨年の日本選手権では、4個メで3位。リオ五輪代表にはあと一歩届かなかったが、同大会で初めて表彰台入りを果たした。続いて初出場のアジア選手権では2個メで優勝。世界短水路選手権にも挑戦した。大きな大会で場数を踏みながら実力を磨き、その努力が今年の日本選手権でついに結実したのだ。

 世界水泳ではメダル獲得も視野に入れている大橋だが、最低限の目標は「自分の泳ぎをして必ず決勝に残る」こと。今後さらなる飛躍を狙うにおいて、世界の決勝を経験する意味は大きい。そして海外の強豪選手たちを隣にしても動じないだけの自信が夏までに備わっていれば、「本番には強いと思います」と言う大橋だ。ブダペストでのさらなる記録更新やメダル獲得も見えてくることだろう。

(取材・文:澤田和輝/スポーツナビ)
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