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ACLで快進撃を見せる“ドリームチーム”
タイ王者、ムアントンとは何者か?

アジアに驚きを与えたタイ王者

ムアントンはホームにJ王者の鹿島を迎えた一戦で劇的勝利を収めるなど、アジアに少なからぬ衝撃を与えた
ムアントンはホームにJ王者の鹿島を迎えた一戦で劇的勝利を収めるなど、アジアに少なからぬ衝撃を与えた【Getty Images】

 AFCチャンピオンズリーグ(ACL)はいよいよ決勝ラウンドの戦いに突入する。日本勢は鹿島アントラーズ、浦和レッズ、川崎フロンターレの3クラブがグループステージを突破。川崎は23日にアウェーでタイの王者、ムアントン・ユナイテッドと対戦する。


 ムアントンはグループEを2位で突破した。最終節で鹿島に1−2と敗れて首位通過はならなかったものの、それまでは無敗で首位を守る快進撃を見せ、最終戦を残して鹿島とともに早々とグループステージ突破を決めた。


 日本、韓国、オーストラリアの強豪がひしめくグループDで、タイのクラブが決勝ラウンドに進出すると予想した者は、おそらく少数派だろう。バンコクで行われた一戦ではJリーグ王者の鹿島を試合終了間際の劇的な決勝ゴールで2−1と下し、少なからぬ衝撃を与えた。


 タイのクラブのアジアでの活躍を振り返れば、古くはACLの前身にあたるアジアクラブ選手権でタイ・ファーマーズ・バンクが1993−94大会、94−95大会と連覇を果たした。さらに、ACLとして初の開催となった2002−03大会にはBECテロ・サーサナが準優勝を果たしている。


 これらの戦績はタイがアジアの中で一定の存在感を表していた時代があることを示すものだが、大会の規模もレギュレーションも現在とは大きく異なっていた。さらに、上記の3大会はいずれも大会の一部がタイで集中開催されており、“参考記録”ともいえる。


 ACLが現行の形になって以降では、タイ勢の決勝ラウンド進出は13年のブリーラム・ユナイテッド以来、2度目のこと。1勝4分け1敗で2位に滑り込んだ13年のブリーラムと比較しても、今大会のムアントンにはさらなる力強さがあり、アジアに驚きを与えている。

ブリーラムの「1強」時代に一石を投じる

“タイのメッシ”ことチャナティップ(右)の存在もあり、ムアントンはブリーラムから覇権を奪った
“タイのメッシ”ことチャナティップ(右)の存在もあり、ムアントンはブリーラムから覇権を奪った【Getty Images】

 近年のタイリーグはブリーラムの時代が続いていた。ACLにも昨季まで5シーズン連続で出場しており、タイリーグの急成長を象徴する存在として一時代を築いた。15年シーズンまではリーグ3連覇、11年シーズン、13年シーズン、15年シーズンにはタイ国内の主要タイトルを総なめにしており、「1強」に近い状況にあった。


 だが、昨季はムアントンが4シーズンぶりにリーグタイトルを奪還。ブリーラムは序盤から振るわず4位に終わった。10月にプミポン・アドゥンヤデート国王が崩御したためリーグ戦は3節を残して終了という不測の事態に見舞われたが、タイリーグの潮目が変わるシーズンであったのは間違いない。


 ムアントンの覇権奪還には、昨シーズン開幕前に生じたある出来事が大きく影響した。タイの名門の1つであるBECテロ・サーサナ(現ポリス・テロFC)が事実上、ムアントンのオーナー企業である『サイアム・スポーツ』に売却されたことで、多くの主力選手が一斉にムアントンに移籍することになったのだ。


 当時のBECテロ・サーサナは、多くのタイ代表をそろえるタレント軍団だった。“タイのメッシ”ことチャナティップ・ソングラシンをはじめとする代表の主力クラスが次々とムアントンに移籍。開幕直後にはブリーラムからタイ代表のキャプテンを務める左サイドバックのティーラトン・ブンマタンまでもが加入したことで、一気に巨大戦力を築いた。


 その結果、タイ代表のスタメンに外国人選手を加えたかのような陣容となったムアントンはタイ国内で“ドリームチーム”と形容され、ブリーラムから覇権を奪うことに成功した。

本多辰成

1979年生まれ。静岡県浜松市出身。出版社勤務を経て、2011年に独立。2017年までの6年間はバンコクを拠点に取材活動を行っていた。その後、日本に拠点を移してライター・編集者として活動、現在もタイを中心とするアジアでの取材活動を続けている。タイサッカー専門のウェブマガジン「フットボールタイランド」を配信中。

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