【ムエタイ】梅野源治、敵地タイでラジャダムナン王座陥落 大差判定で悪夢の2連敗 顔面骨折の疑いも

布施鋼治

敵地タイでラジャダムナン王座から陥落した梅野源治 【写真:Hiroshi Soda】

「何もできなかった」
 試合後、梅野源治はそう呟きながら肩を落した。5月17日(現地時間)タイの首都バンコクのラジャダムナンスタジアム。王者・梅野に7位のサックモンコン・ソーソンマイが挑戦した同スタジアム認定ライト級タイトルマッチは3−0の判定でサックモンコンが判定勝ちを収め新王者に就いた。

タイに乗り込み初防衛戦に臨んだ梅野だったが…

【写真:Hiroshi Soda】

 昨年10月、日本でヨードレックペットを下して王者になった梅野がタイに乗り込んで初防衛戦に臨んだ。過去ラジャダムナンスタジアム認定王者になった日本人は6名いるが、敵地タイで王座防衛に成功した例は一度のみ(昨年10月、現スーパーウェルター級王者のT−98が初防衛に成功)。
 しかも、タイは軽量級天国でライト級以下の選手層はとてつもなく厚い。1978年に外国人として初めてラジャダムナン王者(ライト級)となり未だタイでは知名度の高い藤原敏男ですら初防衛に成功することはなかった。

 今回梅野の防衛戦は歴史への挑戦でもあった。タイでムエタイはギャンブルとして人気の高いスポーツだ。日本の競馬のように、予想紙が複数出ている。この日スタジアム前で売られていた予想紙を見ると、いずれも10−9で梅野がやや有利と出ていた。
 挑戦者のサックモンコンは日本では全く知られていない18歳だったが、所属するソーソンマイジムは2年前の7月に梅野が闘ったペットプンチューが在籍していたジムでもある。サックモンコン陣営が対策を練ってくることはある程度予想できた。

 案の定、試合開始のラカーン(鐘)が鳴ると、それは現実のものとなる。1R、身長185センチと長身のサックモンコンは長いリーチを活かした右ストレートで梅野に襲いかかる。蹴りしか届かないような距離からパンチが飛んでくるなど、梅野は予想だにしていなかったのだろう。
 いきなり被弾して尻餅をついてしまう。これをレフェリーはスリップとみなしてくれたので助かったが、梅野はムキになってパンチを打ち返す。これが凶は出た。その刹那サックモンコンは待ってましたとばかりにカウンターの右ストレートを合わせて先制のダウンを奪う。

 2R、サックモンコンはオーソドックス(右利き)からサウスポーへとスイッチし、左ミドルキックの連打を浴びせる。梅野が「もっと打ってこい!」という姿勢を見せると、左ストレートをクリーンヒットさせ窮地に追い込んだ。サックモンコンは梅野の強気を逆手にとっていた。

【写真:Hiroshi Soda】

 このまま一方的にやられ続けたら何をしにタイまでやってきたのかわからない。3R、梅野は逆襲に転じた。タイ人のお株を奪うようなヒザ蹴りを放つと、場内はにわかに活気づく。相手に打たれたら必ず同じ技を返すのがムエタイのセオリーだが、梅野からヒザ蹴り3連打を浴びても、一発もサックモンコンが返せない場面もあった。
 そのまま梅野が試合のペースを握るかと思いきや、4Rになると再び離れて闘うようになった。一発は当たる。しかし気持ちがはやるのか、ヒットしてもそのままクリンチになることが多く、連打を打つことはできない。反対にサックモンコンはそうすることで体力の回復を待っていたのだろう。5R、勝負に出た梅野に左ストレートを何発も浴びせ、追いすがる梅野を引き離した。

1Rのダウンで全てのゲームプランが狂った

大差判定負けに「何もできなかった」と涙をこらえた 【写真:Hiroshi Soda】

 2名のジャッジが49−46、1名が49−47。大差をつけたうえでサックモンコンが王座奪取に成功した。一方、控室に戻ってきた梅野は右頬の異常を訴えた。
「1Rにヒジをもらってからおかしくなった。たぶん折れていると思う。歯の感覚もおかしい」
 それから梅野は1Rにダウンを奪われたことで全てのゲームプランが狂ったと明かした。「3Rになったら相手の疲れが見えたけど、ダウンをとられているのでダウンを奪い返さないと逆転できない状況になってしまった。ダウンを奪われていなければ、あのままヒザで攻めていたかもしれない」
 これで4月のロートレック戦に続いての2連敗。チャンピオンベルトを手放したばかりか、先行きが不透明なケガもしてしまった。応援に駆けつけた日本人から「頑張ったよ」と労いの言葉をかけられると、梅野は必死に涙をこらえた。
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著者プロフィール

1963年7月25日、札幌市出身。得意分野は格闘技。中でもアマチュアレスリング、ムエタイ(キックボクシング)、MMAへの造詣が深い。取材対象に対してはヒット・アンド・アウェイを繰り返す手法で、学生時代から執筆活動を続けている。Numberでは'90年代半ばからSCORE CARDを連載中。2008年7月に上梓した「吉田沙保里 119連勝の方程式」(新潮社)でミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。他の著書に「東京12チャンネル運動部の情熱」(集英社)、「格闘技絶対王者列伝」(宝島社)などがある。

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