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伊達公子、復帰戦で見せた「錆びない力」
思い出の場からの再スタート

期待と不安の復帰戦

1年4カ月ぶりの公式戦はストレートで敗戦。しかし、随所で「駆け引きの能力」が光った
1年4カ月ぶりの公式戦はストレートで敗戦。しかし、随所で「駆け引きの能力」が光った【写真は共同】

 迎えた3日の1回戦、選手入場口にまで身を乗り出したファンがカメラを構えるなか、満員のセンターコートに歩みを進める伊達の姿が、9年前の感覚を呼び起こす。強化本部長の植田実をはじめとする多くの日本テニス協会関係者に加え、高校の後輩にもあたる元世界21位の浅越しのぶや、今年1月の全豪オープンダブルスでベスト4に入った穂積絵莉(橋本総業)らが顔をそろえる観客席も、この一戦がいかに大きな関心を集めているかを物語った。


 46才の年齢に、2度までメスを入れた左膝と1年4カ月の公式戦ブランク……普通に考えれば、彼女が今このコートに立っていること自体が、奇跡である。しかも対戦相手の朱琳(中国)は、現在23才で136位の伸び盛りの選手だ。


 客席から立ち上る、果たして最後まで試合ができるのかという不安と、伊達公子ならまた奇跡を見せてくれるのではという微かな期待……それら種々の思いが交錯するコート上で、伊達は試合開始直後に、いきなり相手ゲームをブレークしてみせる。バックのスライスを巧みに用いて相手のリズムを崩し、主導権を手元に手繰り寄せる戦術眼は健在。特にこのゲームの最後に決めた鮮やかなボレーは、9年前に奈良を驚嘆させた「駆け引きの能力」が、少しも錆(さ)びついていないことを証明する一撃だった。


 しかし、拭いきれぬ膝への不安と1年以上実戦から離れたことによる試合感の欠如が、少しずつミスを誘発していく。5度のデュースの末に奪ったブレークや、伝家の宝刀たる鋭いリターンウイナーを度々決めるなど見せ場を作った注目の復帰戦は、結果的には2−6、2−6で終幕した。

復帰戦は敗戦「勝負に勝てる可能性は感じられた」

「勝負に『たら・れば』はないとはいえ、序盤のゲームポイントが取れていたら……とか、ブレークができていたらと感じることはあった」

 試合後に、伊達は率直に振り返る。

「膝の状態を思えば、テニスのクオリティーを上げるところまで練習ではこられなかった」と自分を説き伏せるように口にするも、試合になれば「欲は出てくるし、もどかしさも感じた」と言って笑みを広げた。


「もどかしさを感じるのは、そこまでやれているということ。良い選手を相手に試合には負けたけれど、勝負に勝てる可能性は感じられた」

 試合前の独特の緊張感に、コート上で覚えたもどかしさや葛藤……久々の実戦の風が与えてくれた全ての感情を、彼女は喜びと捉えているようだった。


 9年前、その後も長く続く挑戦の道の鳥羽口に立ち、開ける前途をその目に映した伊達公子は、9年後に同じコートで、再び希望の光を見いだしていた。


「やっと、スタートラインに立てたかな……と」


 まだ終わらぬチャレンジの、新たな章が幕を開けた。

内田暁

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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