「育成」は湘南スタイルを支える生命線 J2・J3漫遊記 湘南ベルマーレ前編

宇都宮徹壱

ホーム開幕戦で躍動した2人の18歳

湘南のホーム開幕戦でファーストゴールを決めた杉岡大暉(29)。今季加入したばかりの18歳だ 【宇都宮徹壱】

 先制ゴールが生まれたのは前半10分であった。左サイドで味方のバックパスを受けた杉岡大暉がダイアゴナルにドリブルで突進。いったんはペナルティーエリア前にいた表原玄太にボールを預けると思ったら、さらに自ら持ち込んで倒れ込むように左足でネットを揺らす。3月4日、Shonan BMW スタジアム平塚で開催されたJ2リーグ第2節、湘南ベルマーレvs.ザスパクサツ群馬。湘南のホーム開幕戦でファーストゴールを決めたのは、市立船橋高校から今季加入したばかりの18歳であった。

 後半は両者1点ずつを加えたが、28分に高山薫がこの日2ゴール目を決めて、湘南が3−1と突き放しにかかる。その直後、ベンチの曹貴裁(チョウ・キジェ)監督は2枚目のカードを切った。山田直輝に代わって起用されたのは、やはり18歳の齊藤未月。齊藤は10歳から湘南一筋のユース出身で、昨シーズンにプロ契約を結び、今季は背番号も32から16に変更された。この日はシュート1本に終わったものの、中盤で貪欲にボールを奪う姿勢からは、いかにも新人らしい怖いもの知らずの自信があふれている。

 杉岡と齊藤は、いずれもアンダー世代の日本代表経験を持つ、将来有望な選手だ。そして(この日はベンチ入りしなかったが)湘南にはもうひとり、やはりユースから昇格した石原広教というDFがいて、こちらも18歳。杉岡は98年、齊藤と石原は99年の生まれである。クラブの歴史に重ねてみると、98年は伝説的なOBである中田英寿がイタリアへと旅立った年。そして99年といえば、メーンスポンサーである株式会社フジタの撤退が決まり、主力が立て続けに流出してJ2降格が決まった年である。何かと振幅が激しかった「あの時代」に生を受けた子供たちが、こうしてトップチームで活躍するようになったのだ。オールドファンの感慨たるや、いかばかりであろうか。

 一方で、こうした次代を担う若いタレントが、いつまでクラブに留まり続けるのか、という疑念もわく。ここ数年、湘南は若いタレントを相次いで強豪クラブに引き抜かれている。今オフは三竿雄斗が鹿島アントラーズへ、そして菊池大介が浦和レッズへ移籍。その前年のオフには、遠藤航(浦和)と永木亮太(鹿島)といった代表クラスがここから羽ばたいていった。「育成型クラブ」の宿命とはいえ、丹精込めて育ててきた選手を送り出す当事者たちの心情は、やはり穏やかなものではなかったと察する。

タレント流出の原因となった15年の躍進

就任6年目の曹貴裁監督。「育成を立て直してほしい」というオファーを受けて05年より湘南へ 【宇都宮徹壱】

 攻撃的で走る意欲に満ち溢れた、アグレッシブで痛快なサッカー。いわゆる「湘南スタイル」を確立させた監督の曹は、今季で就任から6シーズン目を迎えることになった。ヘッドコーチから監督に昇格したのは12年だが、湘南にやって来たのは05年。09年にトップチームのコーチに引き上げられるまでは、ジュニアユースとユースを指導してきた。クラブのOBではない彼に声をかけたのは、当時強化部長を務めていた大倉智(現株式会社いわきスポーツクラブ代表取締役)と現社長の水谷尚人だったそうだ。

「2人のお話では『ベルマーレを育成から作り直したい。それもジュニアユースから』ということでした。当時はセレッソ大阪のトップチームでコーチをやっていたんですが、そのままトップで仕事を続けていくには(指導者としての)幅が足りていないことを痛感していたんです。育成を本腰でやるのであれば、今しかない。そういう思いもあって、こっちに来ました。こんなに長くなるとは思わなかったけれど(笑)」

 湘南ユース監督時代、遠藤や菊池を見いだし、トップチームに引き上げたのは曹だった(当人は「特別なことはしていない」と謙遜するが)。そして反町康治からトップチームを引き継いだ12年以降、J1復帰とJ2降格を二度ずつ経験。浮き沈みの激しかった過去5シーズン、最も満足できる結果を残したのが15年である。この年、J1を舞台に戦った湘南は、現クラブ名となって最高位となる年間8位に上り詰め、初めてJ1残留を果たした。しかし前述した通り、この大躍進が、それを支えた選手たちのタレント流出につながっていく。

「J2から昇格して1年目で8位になれば、活躍した若い選手にオファーが来るのは当然の話ですよね。でも正直(トップの監督に就任して)3〜4年で、こんなに状況が変化するとは思わなかった。選手の成長に対して、クラブの成長が追いつかなくなっていたと思います。だから選手が抜かれても、すぐに後釜になる選手を準備できませんでした」

 この2シーズン、相次いで次代をけん引する選手を引き抜かれた。それが直接的な原因とは断言できないが、チームはまたしてもJ2降格となった。しかも、移籍金は育成に見合った金額は入ってこない。「これは湘南だけでなく、Jリーグ全体の問題ですよ」という訴えは、今回の取材を通して多くの関係者から聞こえてきた。おそらく曹監督も同意見だろう。しかし一方で指揮官は、2つの手応えを感じているとも語る。すなわち「湘南に行った選手は伸びる可能性がある」というサッカー界での評価。そして「湘南を選んでくれる若い選手が増えている」という最近の傾向。結果が厳しく問われる立場ながら、一方で育成にもこだわりがあるだけに、曹監督にとっては何ともアンビバレンツな状況である。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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