飛躍する男子テニスのホープ、西岡良仁
体格の不利、焦りの日々を乗り越えて

“ラッキー”から始まった快進撃

21歳の西岡良仁がマスターズ1000大会でベスト16。期待が高まる戦いぶりを見せている
21歳の西岡良仁がマスターズ1000大会でベスト16。期待が高まる戦いぶりを見せている【写真は共同】

 世界14位のトマーシュ・ベルディハ(チェコ)を破り、19日まで行われた男子テニスのマスターズ1000大会「BNPパリバ・オープン」のベスト16まで到った快進撃の始まりには、一つの“ラッキー”があった。

 この大会に予選から参戦していた彼は決勝で敗れるも、欠場者が出たため繰り上がりで本戦の切符を手にする。しかも本戦の初戦で当たるのは、数奇なドローの巡り合わせで、今しがた予選決勝で敗れたばかりの相手。


「リベンジのチャンスだ。ぜってーやってやる!」


 170センチの小柄な身体に詰め込んだ反骨精神が、21歳の西岡良仁(ミキハウス)を駆り立てていた。


 思えば彼のキャリア最初の転換期にも、思わぬ幸運の助けがあった。錦織圭(日清食品)を輩出したことでも有名な“盛田正明テニスファンド”の支援を得るべく、西岡も14歳の時に選考会を受けている。しかしその時は2回連続で落選。失意の中に居た彼は、IMGアカデミーのコーチを日本に招いての練習会が行われると聞いても、「アメリカに行けないなら意味はない」と参加する気はなかった。それでも周囲の勧めもありしぶしぶ向かうと、そこで急きょ、盛田ファンドの選考会が行われた。本来なら無かったはずの三度目のチャンスをモノにして、彼はアメリカへの切符を手にする。実際に渡米したのは、選考会からわずか数カ月のことだった。

渡米後のけが 焦る思いが募る日々

「プロになる」との明確な目標を抱いてフロリダに渡った西岡だが、1年目にいきなり腰を痛め、数カ月間テニスができない時期を過ごす。周囲のみんなが試合に出るのがうらやましく、焦りを募らせて試合に出ては、早期敗退を繰り返す日々……。今の西岡なら、「テニス選手なら、誰にだってよくあること」と思えるだろう。だが当時の彼は、そう悟るには若すぎた。


「もう上に行くのは難しいのかな……」

 将来への不安が胸をふさいだ。


「一度、帰るか? 日本で親と一緒にけがを治すのもありだぞ」

 アカデミーのスタッフに、そう持ちかけられたのはこの頃だ。しかし彼は「帰らない」と自分で決める。

 帰ったら、確かにリラックスはできるだろう。ただリハビリをするなら、IMGアカデミーの方が、良い環境なのは分かっている。日本に帰れば、どうしても甘えてしまうだろう自分がいて、彼はそれが「嫌」だった。


「縛られた中でやっていく方が、自分には良いかな」


 そんな思いが、彼をフロリダにつなぎとめる。それにアカデミーには、最高位2位のトミー・ハース(ドイツ)や、既にツアー優勝の実績も持つ錦織圭がいた。彼らトッププロの存在を身近に感じ、時に練習できる環境も、「強くなるためにきた」彼にはやはり魅力的だった。

内田暁

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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