22歳日比野、決勝進出の裏に伊達の助言 日本女子テニス界を育む世代の積み重ね

内田暁

「ラッキーだけどまぐれじゃない」

竹内映二コーチ(右)からの助言もまた、日比野の迷いを消し去った 【写真:ロイター/アフロ】

「これはチャンス。勝ち上がるなら、今回しかない」

 思わぬ僥倖(ぎょうこう)に志気を高める日比野だが、同時に彼女の胸中には、かすかな後ろめたさも立ち込めたという。
「過去2回の決勝進出も、いずれも途中で誰かの棄権があったな……」

 果たしてこれは、自分の力で勝ち取った結果なのか――? 
 もやもやした想いが心を覆うが、そんな彼女の胸の内を組み取ったかのように、竹内コーチが日比野に言った。
「これはラッキーだけれど、まぐれじゃないよ」

 このコーチの一言で、彼女は迷いを振り払う。準々決勝の接戦も勝ち切った日比野は、準決勝も劣勢から立て直す逆転劇で、決勝への道を自らの手で切り開いた。

 確かに第1シードの棄権は、ラッキーだったかもしれない。ただ幸運は誰にも訪れるものだし、彼女の場合は、それまでドローに恵まれなかった分の貯金だったのかもしれない。いずれにしても、それらのチャンスを3度までモノにしてきたのは、彼女自身の力に他ならないだろう。

 やや余談になるが、偶然では片づけ切れぬ過去との符合と言えば、昨年のこの時期、勝利に見放され続けていた土居美咲(ミキハウス)が、初勝利をあげた台湾オープンで一気に決勝まで勝ち上がったことが思い出される。奇しくもこの時の土居にも、相手の棄権による不戦勝があった。

「やっぱり後輩は、先輩の背中を追いかけるものですね!」

 そう笑う日比野は、「土居さんや奈良さんがいることに感謝です」とも続けた。

トップ100に5人の日本人選手

 日本女子テニスは1990年代半ばに隆盛を誇ったが、2007年プラハ大会の森上亜希子を最後に、ツアー優勝からは遠ざかっていた。その空白の時に終止符を打つように、2014年にリオオープンでトロフィーを掲げたのが奈良くるみ(安藤証券)。すると奈良の覚醒に触発されたかのように、同期の土居も2015年10月にルクセンブルグで優勝し、昨年はランキング30位に到達する。それら身近な先輩たちの活躍が、日比野に自分の可能性を信じる力を与えているのは間違いない。

 加えるなら日比野は、同年代のライバルたちに並々ならぬ対抗意識を燃やし、今の地位まで這い上がってきた選手。その同期の中には、今年1月の全豪オープンダブルスでベスト4入りを果たした、ダブルスの穂積絵莉(橋本総業)と加藤未唯(佐川印刷)たちも居る。

「同期の子たちにスポットライトが当たるのが悔しかった」

 そう口にするほどに、彼女はこれまで抱いてきた、劣等感にも似た向上心を隠さない。ただ強烈なまでのライバル意識は、同期の活躍を願う想いと表裏でもある。先の全豪オープンの穂積/加藤戦の観客席には、1ポイントずつ拳を振り上げ、誰より大きな声で声援を送り続ける日比野の姿があった。

 現在の日本女子テニスにシングルスツアー優勝者が3人も居ることも、ダブルスで穂積と加藤が躍進したことも、そしてランキング100位内に、19歳の大坂なおみ(日清食品)も含め5人の選手が名を連ねることも、決して偶然ではない。

 今なお圧倒的な存在感を示す伊達の威光、競いながら後進に道を示す土居と奈良の存在、そして切磋琢磨(せっさたくま)しながら互いを押し上げる“94年組”の同期たち――。
 日比野の3度目の決勝進出は、幾重にも世代を重ね、厚みを増した日本女子テニス層の上に咲いた、必然だ。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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