戸田和幸の描く理想の指導者像<前編>
欧州で得た刺激、監督業で大事なこと

監督は選手の「見え方」を変えることができる

戸田さんは「監督は選手の『見え方』を変えることができる」と語る
戸田さんは「監督は選手の『見え方』を変えることができる」と語る【写真:アフロ】

 選手の「見え方」を良くするのも、監督の腕の見せどころだ。昨季、プレミアリーグを制したものの、今季は不振にあえぐレスターを例にとって、戸田さんは解説する。


「(エンゴロ・)カンテが抜けてしまったとかいろいろありますが、明らかに今シーズンは出来が悪い。昨シーズンあれだけ良く見えていた選手たちが、今シーズンは良く見えないんです。彼らが悪い選手になったわけではない。監督が悪い監督になったわけでもない。例えば、前方向に跳ね返すことに専念でき、頑強に見えた2人のセンターバックが、前、後ろ、斜め後ろにできたスペースを使われているので、てんやわんやで彼らのウイークなところが出ている。同じ選手なんだけれど、『見え方』が全然違ってきますよね。ということは、監督は選手を伸ばすこともできるんだけれど、『見え方』を変えることもできるんです。


 僕は『このチームでプレーしていると良い選手に見える』と言われて、さらに選手がレベルアップアップしていけるような指導者になりたいんです。そのためには『良い練習』がないと選手がうまくならないし、賢くならないし、チームが強くならない。そのためにもチームに合ったコンセプト、試合ごとに微調整するプラン、あとは監督の采配が必要ですよね。『今日は早く選手を代えちゃおう』『今日は相手をびっくりさせちゃおう』とか。


 だけど、采配が監督の自己満足で、選手がパニックになったらしょうがないので、選手が納得して、『一緒にこの試合をやっていくぞ』と感じてもらえるような関係作りをしないといけません。そういうのをイメージしながら、試合を見ています」


 この話を聞いていると、選手と一緒にチームを作り上げていく感じに見えるが、「決めるのは僕ですよ」と戸田さんはキッパリ言ってから続けた。


「でも、一方的に選手に押し付けるのは嫌なんです。だって、プレーするのは選手ですから。指導者がいい気になって選手をゲームのように動かすのではなく、『こうプレーした方が、お前らの良さが足し算ではなく掛け算になるぞ』というふうにね。何があっても選手が困らないように、僕の中にサッカーの全てがないといけません。だから、ありとあらゆるシステム、戦術、ポジショニング、コンビネーションのことを勉強していかないといけません」

サッリ監督率いるナポリのサッカーに注目

ナポリで魅力的なサッカーを見せるサッリ監督は元銀行員
ナポリで魅力的なサッカーを見せるサッリ監督は元銀行員【写真:ロイター/アフロ】

 戸田さんが「10分でもいいから見て下さい」とおすすめするのがナポリのサッカーだ。

 

「僕は今、ナポリのマウリツィオ・サッリ監督が好きなんです。最高ですよ。本当に速くていいサッカーです。練習を見れるのかどうか分かりませんが、今度ナポリに行かないといけないと思っています。できればサッリ監督がエンポリを率いていた時(2012−15シーズン)に見なければいけませんでした。だから、ナポリの試合はいっぱい見ています。ボールを持っている『オン』のプレーと、オンのための『オフ』の動きが、相手が予測できる動きよりちょっと早く動くので、ものの見事に一番入っていきたいスペースにボールと人が届くんですよね。


 サッリ監督はエンポリでやっていた4−3−1−2を、ナポリでも(昨シーズンの)最初は使ってました。点を取ってるんだけど、点も取られていた。そこで開幕3試合目ぐらいに4−3−3に変えて、バランスをとったんです。そこがサッリ監督のすごいところ。自分がやってきたスタイルを変えて(ゴンサロ・)イグアインのワントップにしてアンカーを置いた中盤にした。それからイグアインにすっぽんすっぽんボールが入るようになって、36ゴール取った。その前の(ラファエル・)ベニテス監督はすごくサッカーが固く、攻撃になっても前に人が出ていかない。イグアインが孤立してボールが来なくて、よく怒っていました。それが、サッリが監督になった瞬間に、ナポリは全く違うチームになりました。


 チームを変えたのは誰かと言ったら監督です。監督がプレーするわけではないけれど、プレーする選手に方向性とか自信とか意欲とか、『何か』を与えたわけですよ。でなければ絶対そうならない。しかもサッリは元銀行員ですから夢がありますよね。日本にも一生懸命勉強して、良い指導をできる人がどこかにいるはず。その『どこかにいるはずの人』も、僕はライバルだと思っています」

刺激を受けた若い指導者たち

戸田さんは柳沢コーチを「指導者になって心構えを変えている」とたたえた
戸田さんは柳沢コーチを「指導者になって心構えを変えている」とたたえた【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 戸田さんは「若いライバル」を古巣のトッテナムで見つけてきた。


「スパーズ(トッテナムの愛称)のU−21のコーチ、マッド・ウェルスは28歳。僕は彼をライバルだと思っているし、いいやつに出会えたと思いました。20歳までアカデミーでプレーしていて、けがもあって自分で見切りをつけて指導者になったらしいんです。でも、選手の時から練習のこととか考えていたんですって。そこは僕と一緒です。結局、自分がプレーするより、練習を考えたり選手にプレーさせるのが好きだったらしいです。


 彼は見事にパソコンも使っていて『俺はここ、負けてるな』と思いました。選手に対する指導もシンプルだけどすごくクリアな言葉ではっきり言う。選手との関係作りも上手。なんといっても情熱がありました。いい指導者になりそうだなと思ったので、こういう人とはつながりたいと思いました」


「情熱」という言葉が出てからしばらくして、柳沢敦さんの話題になった。


「今、柳沢が鹿島(アントラーズ)でコーチをやってるんです。彼は現役時代、すごく寡黙でした。寡黙だけど、炎は持っているんですよ。炎って実は青い方が、(赤い炎より)温度が高いじゃないですか。だけれど赤い方が見た目には熱そうに見えるでしょう。現役時代の柳沢は青だったんですよ。


 でも、柳沢はコーチになったら、試合前のウォーミングアップですごく声を出して、選手にモチベーションを与えようとやっているんです。彼は、指導者になってから心構えを変えてやっていると思うんです。そういうのを見ると『良いなあ』ってうれしくなりますよね。『名選手、名監督にあらず』と言いますが、彼は自分の選手時代のキャリアをうまく使えば、選手にもキチンと伝わると思います」


 そこで戸田さんに「戸田さんの炎は真っ赤でしたね」と尋ねてみると、答えが即座に返ってきた。「僕は赤だし、青なんですよ」と。その答えに至極、納得した。

中田徹
中田徹

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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