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戸田和幸の描く理想の指導者像<前編>
欧州で得た刺激、監督業で大事なこと

自分の言葉で話すために英語を勉強中

S級ライセンスを取得し、海外研修中の戸田和幸さんにインタビュー
S級ライセンスを取得し、海外研修中の戸田和幸さんにインタビュー【中田徹】

 日本サッカー協会の公認S級コーチ資格(S級ライセンス)を取得したばかりの戸田和幸さんがこの1月、海外研修と視察を兼ねてイングランド、オランダ、イタリアを訪れた。オランダではVVVの練習や試合に訪れ、VVVコーチの藤田俊哉さんと意見交換を行った。


 今回のインタビューのため、戸田さんが滞在するアパートを訪れると、パソコンから英語の学習用音声が流れていた。


「ACL(AFCチャンピオンズリーグ)のような国際試合に出場した時には、きちんと自分の言葉で話ができるような指導者になっていかなければなりません。チェルシーの監督を始めた(イタリア人の)アントニオ・コンテの絞り出すように話すあの英語には、自分で話そうとする気持ちが出ています。だから好感を持たれているんです。


 僕だって、1日こうやって何時間も英語を聴いてリピートしてしゃべることをずっとやっていますが、まだまだです。でも諦めたくない。そうでないと可能性が広がりませんからね。続けていけば、いつかは……と思ってやっています」

意識が変わった20年前のイタリア旅行

 外食と自炊を交えながら、まるで生活するかのようにヨーロッパを周る戸田さんが、初めて1人でヨーロッパを訪れたのは1998年1月のイタリア旅行。およそ20年前のことだった。


「あそこで自分が変わったと思う。見たものから刺激を受け、悪い意味での島国根性を早く捨てないといけないと思いました。それまで僕はずっと日本にいて、清水エスパルスに入って初めて親元を離れて生活しました。清水はサッカー王国というプライドがあるじゃないですか。だから、他所の土地から来た選手に対して厳しいんですよ。自分としては苦労しながら1年間やったんだけれど、なかなか認められなかった。まだ、甘ったれ感も抜けていなくて、たまにオフがあると地元(東京都町田)に帰って友達と遊んでいました。『そんなことをやっていたら、俺はダメになってしまう』と感じ、急にイタリアへ行こうと思い立ったんです」


 当初はユベントスの練習に参加する予定だったが、それがかなわなくなり、トリノに居続ける理由がなくなった。


「辞書を使って、ホテルの人に自分の意思を伝えて旅程を変えてもらいました。切符を買って電車に乗ってミラノ、ベネチア、フィレンツェに行き、セリエAのインテル対ユベントスを見ました。ロナウド、(ユーリ・)ジョルカエフ、(エドガー・)ダービッツ……。豪華なメンバーだったなあ。1人でイタリアに2週間いたので、自分と向き合う時間ができました。何が自分の中で大事なのかとか、考える時間がいっぱいあった。最初のキャリアにおいて、あそこが一番大きかったですよね」


 自分と向き合って見つかったものとは何だったのだろう。


「『自分はここを目指さないといけない』と、ヨーロッパに行きたいという気持ちが本当に出てきました。いろいろなところに行って、1人ぼっちになることの大事さも分かりました。すると、人の大事さも分かるし、言葉が通じない辛さも分かった。だから、『コミュニケーションって大事だな』と思いました」

話しを聞くには“つながり”が大事

 ここ数年、解説者として活躍する戸田さんは、記者たちが観客席の日陰で代表チームの練習を見ている中、1人ピッチまで降りていって、選手がどのような気持ちでトレーニングをしているのか肌で感じようとしている。ヨーロッパに来れば、岡崎慎司(レスター)や吉田麻也(サウサンプトン)と会って、海外でプレーする選手の“生の声”に真摯(しんし)に耳を傾ける。


「僕はメモを取りながらテレビでサッカーを見ています。1日5試合見ることもあります。年間にすると500試合ぐらいでしょうか。そして僕自身、ヨーロッパでちょっとプレーしたから、ヨーロッパでプレーする選手の大変さも分かります。それでも、自腹を切ってでもこっちに来て、実際に試合を見て、選手と話をして、その上でもう一回日本に帰って解説者の仕事をするのは、やっぱり大事だと思っています。


 試合を俯瞰的に見ることができるし、スピード感が違う。スタジアムの空気を感じることもできます。また、選手から話を聞くにも“つながり”を作らなければならないですが、それをすっ飛ばす人って多いですよね。僕が選手の時も結構そういうことがありましたが、嫌でした。


 自分が監督になったら会見で話すことが中心になると思いますが、練習後のぶら下がり取材に関しては、記者を全員、監督室にお連れして、お茶でも出して、ちゃんと座ってサッカーの話をしたいと思います。記者の方たちにとっても、監督室に入れてもらったらうれしいでしょう。そこで、やり取りをできない記者には出ていってもらいます」

監督になるためには「決断する訓練」が必要

戸田さんは「J1の監督はやりたい」と明言したが、「決断する訓練」の必要性を語った
戸田さんは「J1の監督はやりたい」と明言したが、「決断する訓練」の必要性を語った【写真:アフロスポーツ】

 戸田さん自身も心得ているように「監督業は最初が肝心」とよく言われるが、J1の監督から始めたいのか、育成からやりたいのか。もしくはコーチから始めてみたいという希望はあるのだろうか?


「間違いなく、J1の監督はやりたいですよ。ただ、僕は自分のことをあまり信用していないので、いきなりJ1の監督をやるつもりは全くない。残念ながら生まれてこの方、何もしていない状態で自分が何か秀でていたことは一度もありませんでした。必ず目標を定めて、自分なりに努力して、工夫してなんとなくそれっぽい形になって、とやってきました。それが、指導実績もないのに、いきなりトップチームの監督をやっても結果が出るわけがないので、ある程度時間をかけなければいけないと思っています。


 監督業はリクルートもしないといけないし、フロントやスポンサーとの関わりもあります。『いい練習をする』ということは、監督業のいくつかある要素の1つです。僕は多分、自分で練習をすると思いますが、例えばコーチに任せてもいいわけです。監督業で何が一番大事かと言えば『マネジメント』と『決断する』ということ。物事を決めるのは監督にしかできませんから、『決断する訓練』もしないといけません。いきなりトップチームに行ったら『決断の訓練』ができません。そこで失敗したら終わりですし、指導者としての積み上げもしなければならないので、いきなりトップチームはないと思います」


「『決断の訓練』が必要」と言うが、決断する力には自信を持っているようだ。


「僕は熟考しますけれど、決断には躊躇(ちゅうちょ)がない人間だと思います。 決断できないなら、コーチとして監督のそばに付いて、サポートしながら学ぶのもありかもしれませんが、最終的に決断するのは嫌ではありません。監督をやりたいというのはハッキリしています。僕は監督としてチームを作りたいし、チームを動かしたい。そしてチームを勝たせたいです」

中田徹
中田徹

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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