今までのマイナスのお礼分 「競馬巴投げ!第126回」1万円馬券勝負
来たでしょ? このへんに門田さんのファウルボールが
野球場でもスタンドに入ったファウル球はファンのものという大リーグルールが適用され始めている。昔はこうじゃなかった。
わが競馬生活は大阪難波場外で始まった。難波場外がまだ大阪球場外野スタンドの下にラビリンスの迷宮のような横穴を張り巡らして作られていた頃のことだ。馬券を買い、800円払って大阪球場三塁後方スタンドに這い上る。場所が狭いのを補うため、大阪球場三塁側は不当な傾斜がつけられていた。まるで登山するような気分でビール片手にその階段を登り、最上部まで行く。そこまで行くと辺りには誰もいない。ゴロッと横になり、持ってきたラジオをつけて競馬中継を聞く。通天閣や阪神高速を渡る風が吹き、格好の競馬観戦場所だった。ハギノトップレディの桜花賞も、カツトップエースのダービーもこの三塁側最上段で聞いた。
[写真3]8歳馬トーゼンレーヴもこのままでは終われない 【写真:乗峯栄一】
[写真3(a)]オルフェーヴルとは同期だった 【写真:乗峯栄一】
「いまファウルボール来たでしょ?」
「はあ?」
「ここはファウルスタンドだからボールは返してもらわないと」
「いや、知らんで」とビールとラジオ持って首振るが、「え? 来たでしょ? このへんに門田さんのファウルボールが」などと言ってキョロキョロ見回すのだ。
心底腹が立った。人の生命脅かすファウル打っといて、その上「ボール取ったんじゃないか」と疑いかけて、電車内で目を背けていた眼前のおばちゃんから突然“痴漢呼ばわり”されるようなもんだ。大体こんな誰もいないスタンド最上段までボール一個を取りに来て、ボール代より人件費の方が高くつくだろうが。
あれから三十数年、日本プロ野球もファウルボールを客にプレゼントするようになった。ボールに球団名や日付まで刻印し、来場記念になるよう工夫までされているらしい。これでないとおかしい。ボールプレゼントにすれば、みんながファウルに注意して捕りにいくからかえって安全なのだ。
現実は同じでも「これからは災いじゃなく幸福です」という一言で事態は大ドンデン返し、パノラマ的展開を生む。
競馬の当たり馬券は誰のものだ問題
[写真4]バイガエシは前走の洞爺湖特別が快勝だった 【写真:乗峯栄一】
ぼくが提案したいのは「5メートル以内にある当たり馬券は自分のもの」というルールだ。競馬客は座った途端、半径5メートルのサークルを描く。このサークル内の当たり馬券は「自分のものだ」という権利がある。そいつがポケットに入れていようと、握りしめていようと関係ない。つまり“アリ地獄競馬場”であり、その当たり馬券者はすでにアリ地獄の砂のすり鉢の縁にいるのだ。
ただこのサークル、往々にして、他の客のサークルとかぶる。ゆえに「当たった! 大穴や!」などと大声を出すのは論外だ。プロレス・バトルロイヤルのように、サークルがかぶっている数人が一斉にその人間の上に飛びかかって「お前の当たり馬券のようにみえて、実はワシの当たり馬券だ!」などと、訳の分からない怒号がとびかい、競馬以上に盛り上がる。
万が一、大穴が当たっても静かに、何事もなかったように、サークルかぶりの人間から見えない払戻所に行って、辺りをうかがいながら現金化する。これはアフリカ・セレンゲティ草原のチーターが、ライオンやハイエナから獲物を守るための根源的作法だ。茶の湯の作法なんかより数千年も古くからある、プリミティブ・マナーである。
「プロ野球のファウルボールは誰のものだ」から始まった“所有権問題”、「競馬の当たり馬券は誰のものだ問題」に発展して、人類に根源的なマナーというものを教えることになる。