室伏広治が未来へ残したマイルストーン 後継者不在のまま一線を退く“鉄人”

平野貴也

室伏を追いかけることで世界が見える

予選敗退が決まった室伏(左)と、今大会で優勝した柏村。鉄人の背中を追うことで世界が見えてくる 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 最後の挑戦は予選落ちだが、言葉通りに体力の限界なのだろう。

 室伏は「あとは、後輩にこれからは頑張ってほしい。残りをしっかりやれよと強く言っておいたので、この後、良い記録が出ればと思う。後輩たちには、60〜70メートルではなく、75メートルとか80メートルを投げる(世界で戦える)選手になってもらいたい」と話したが、今大会の優勝者となった柏村亮太(モンテローザ)の記録は、70メートル81。降雨で足下が滑りやすいコンディションであったことを考慮しても、ポスト室伏を印象付けるには至らない。昨年優勝の野口裕史(群馬綜合ガード)も記録は71メートル98。

 日本の歴代記録を見ても、75メートルを超えているのは室伏親子(父の重信さんが75メートル96)だけだ。室伏が期待する75メートル以上の世界は、まだ遠い。

 専門的なコーチが多いとは言い難い投てき競技において、日本の第一人者であった父の指導を幼い頃から受けた室伏は特異な存在で、他者は容易に肩を並べられない。しかし、室伏の活躍が日本の投てき界に大きな刺激を与えたことは間違いない。室伏が残した五輪優勝の実績と84メートル86の日本記録は、今後の選手の目標となる。室伏を追いかけることで世界が見えてくる。

鉄人が仮面を外した日

室伏の屈強な肉体と投てき後の力強い雄叫びは、人々の記憶に残り続ける 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 くしくも今大会最大の注目は、翌25日に決勝を行う男子100メートルの争い。山縣亮太(セイコーホールディングス)、桐生祥秀(東洋大)、ケンブリッジ飛鳥(ドーム)という若くて勢いのある3強対決の行方や、日本人初の9秒台突入の実現に注目が集まっている。リオ、そして東京五輪での活躍が期待される若者たちの大会と言える。

 その中で、男子ハンマー投げでただ一人、世界の第一線で戦い続け“鉄人”と言われたベテランが引退する。時代の流れを感じるとともに、ライバル不在という記録を出しにくい環境で自らを進化させて来た室伏のすごさをあらためて感じる。いつの日か、日本選手が75メートルを超えた世界で競い合う時代が来たとき、室伏が刻んだ歴史は再び価値を示す。

 室伏は今後、大学や五輪組織委員会での仕事に戻りつつ、後輩を激励する立場で応援したいと言い、フィールドを去る。

「今回は、競技者としての時間を体験させてもらって、大変だけどすごく楽しかった。(昨年結婚し)家族がいて一緒に臨めたということも今までとは違う。久しぶりに親父と一緒にグラウンドに行ってハンマーの話をできた時間も大切だった。育った名古屋で、第100回記念大会で投げることができて本当に良かったと思っている」

 屈強な外国人選手と並んでも見劣りしない力強さと、ハンマーを投げた後の雄たけびは人々の脳裏に残り続けるが、一つの時代が終わりを告げた。眩(まばゆ)い光を放つ若者の活躍の陰で、誰もが知る日本陸上界の巨星は退いた。

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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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