ケンブリッジ飛鳥、急浮上した9秒台候補 “常識破り”のスプリンターが持つ可能性

高野祐太

9秒台争いに急浮上した23歳

自身初の五輪出場を目指すケンブリッジ飛鳥。“9秒台突入”のさらに先を見据える23歳に迫る 【高野 祐太】

〈10秒00の壁〉を突破し、ついに日本人初の9秒台が出るのか、それを成し遂げるヒーローは誰なのか――。

 24日に開幕する陸上競技の日本選手権(名古屋市・パロマ瑞穂スタジアム、26日まで)では、男子100メートルを巡るこれらの関心事がにわかに熱を帯び始めている。というのも、今月に入って山縣亮太(セイコーホールディングス)が10秒06、桐生祥秀(東洋大)が10秒01を立て続けに出し、9秒台を目前にしたライバル対決が過熱の様相を呈しているからだ。加えて、昨年に10秒09に達している高瀬慧(富士通)、同年の世界ユースと世界選手権で活躍したサニブラウン・アブデル・ハキーム(城西高/編集注:22日に左足の故障で日本選手権の欠場を発表)もいる。

 ところが、主役はこの4人だけではなかった。5月21日に日本歴代9位の10秒10を出し、桐生、山縣、高瀬に続き4人目のリオデジャネイロ五輪参加標準記録(10秒16。なお桐生の10秒01は派遣設定記録)突破者となった男が“危険”なにおいを漂わせて急浮上してきたのだ。

 3月に日本大を卒業したばかりのケンブリッジ飛鳥(ドーム)、23歳。これまでの主な戦績は高校3年時にインターハイで100メートル3位、大学では2年時に関東インカレ200メートル2位、4年時の同大会では100メートルで優勝している。彫りの深い精かんな顔立ちのハーフで、父親がスプリント大国のジャマイカ人というあたりが目を引く。

 しかし、そんなプロフィールにではなく、彼の頭の中から沸き起こる「既存の枠をはみ出そうとするスケール感」にこそ底知れぬ可能性が秘められている。切れ上がった瞳の奥に、将来を見つめる常識破りの光が射しているのだ。

 ケンブリッジは言った。
「(ウサイン・)ボルト選手が引退するまでに、一緒に走っておきたい」

 100メートル9秒58、200メートル19秒19という驚異的な世界記録を持つ史上最高のスプリンターとの対決に懸ける思いは彼の場合、単なる希望というのではなく、渇望なのだろう。こうも語る。

「自分より速い選手と走るときはすごく楽しみですし、スタート前とかすごくワクワクします。そういう挑戦が陸上をやっていて一番楽しいと感じるときなんです」

 相手が強ければ強いほど喜びを感じるスプリンターの本能が本物を欲しているに違いないのだ。

9秒8台もイメージできている

目指すのは世界レベルの選手。100メートル9秒8台まではすでにイメージができているという 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

 視点を来季以降に転じると、もっと壮大な目標を抱いていることが判明する。「彼は思いを秘める方なので、代わりに僕が言っておかなければ」と断りながら、所属チームの大前祐介ゼネラルマネジャー(GM)がきっぱりとした口調で語ったのは、「(4年後の)東京五輪で、きれいな色のメダルを目指している」だった。

 いきなり聞かされても、9秒台も出ていない2016年6月の時点では、現実離れした話にしか聞こえない。そんな突拍子もないスケールの大きさだ。しかし、「(大学2年以降のケガをしていた苦しいときも)他人の活躍には惑わされず、冷静に今やるべきことをやってきた」というクールさが武器でもあるケンブリッジにとっては、それは客観的な自己評価にもとづく実現可能な目標なのだろうとも感じられる。

 比例して、目指すタイムも破格の水準をターゲットにとらえている。9秒台突入は途中経過に過ぎない。ケンブリッジは静かに語る。

「今は9秒8台まではイメージができています。200メートルも19秒8台で走ることができればメダルが見える。そこを目標にしていきたい」

 さらに、ボルトの世界記録については、「今、特別に意識することはありません。でも、最終目標として頭の片隅にはあります」との認識を明かした。

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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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