あるコーチが柔道整復師に転身した訳 野球と治療が融合した環境を求めて……

中島大輔

治すだけではなく生活の質を上げる

自らの役目について、生活の質を考えて良い状態に持っていくことが重要、と語る熊澤氏 【スポーツナビ】

 指導者として野球を教えるのも、柔道整復師として整骨院で施術するのも、自分本位ではなく、相手を良い方向に導くのが仕事だ。かつては選手、現在は患者が望むクオリティーを提供すべく、熊澤は考え抜いている。そうした関係性を一緒につくり上げ、その輪を広げていくことこそ、治療者の道を選んだ理由だった。

「たとえばルーズショルダーの子がいた場合、なぜそうなったかと考えなければいけません。フォームの中で肘が曲がりすぎるきらいがあった場合、まずは投げ方を直しましょう、と。次はこういう筋肉が必要なので、ここを鍛えましょう、と。しっかり身体を休めるのはもちろん大事ですが、治って終わりではダメ。その選手のQOL(Quality Of Life・生活の質)を考えたら、良い状態に持っていってあげる必要があります。それに肩を治療している間、別のところを鍛えておくことが野球選手には重要。うちの治療院にはサッカー、ソフトボールの子も来てくれますが、彼らにとっても同じことです」

 現状、熊澤の治療院にやってくる小中学生の運動選手の場合、「休めば治るケガを休んでいない」子が多いという。これは、勝利至上主義の弊害と考えられる。

 一方、野球界全体で見れば、あまりにも肘を痛めている少年選手が多い。日本臨床スポーツ医学会が05年、四国で過去13年間に5768人の少年野球選手を対象に行った調査によると、約50%が野球肘(野球の投球動作を繰り返したことで起こる肘の痛み)を患っていることが発覚した。また、ある医師によれば、少年野球投手の70%が肘痛を抱えているという。

野球と治療が一体になった環境を

 こうした問題は、指導者が的確なフォームを教えられていないことや、身体や治療の知識をあまりにも知らないことが原因として挙げられる。熊澤のように野球と治療を同時に専門にする者はなかなか珍しいが、ジュニアスポーツのレベルアップを図っていくには、両者の融合が必要になってくるだろう。

 そう考えているからこそ、熊澤は西武のコーチを退いた後に野球アカデミーを開いて少年たちに教えてきた一方、現在は整骨院で施術するだけでなく、身体の効果的な使い方を指導している。

「“治療院教室”みたいに、治療院と野球が一緒になったものはないじゃないですか。両方の知識を持った人が必要だと思うし、そうした施設をつくっていきたいですね。そのためにもとにかく地道に、丁寧に一人ひとりの患者さんを見ていきたいです」

 盟友の松井とともに米国で理想の環境を見たからこそ、それを日本でも実現したいという気持ちが強くなった。熊澤は追い求める理想を目指して、一歩ずつ進んでいくつもりだ。(敬称略)

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著者プロフィール

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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