福島県2部から「年間売上100億円」へ 株式会社ドームといわきFCが目指すもの

宇都宮徹壱

新天地でのチャレンジに燃える大倉社長

「このトライに今後の人生を懸けたい」と大倉社長。年間売上100億円のクラブを目指す 【宇都宮徹壱】

 前述した「いわき市を東北一の都市にする」以外にもう2つ、いわきFCが掲げる目標について触れておきたい。それは「日本のフィジカルスタンダードを変える」、そして「人材育成と教育を中心に据える」。いわきスポーツクラブの大倉社長はこう説明する。

「みなさんご存じのように、世界的にフィジカルが非常に高まっている中、日本のサッカー界は少しスキルに逃げがちで、それが世界に出て行くときの障壁となっている。きちんとプロセスを踏んで、日本のフィジカルスタンダードを変えていきたい。そのためのノウハウはドームさんがすべて持っているので、そこは大きな利点だと思っています。それと育成と教育。ベルマーレでも感じましたけど、(Jクラブでは)どうしてもトップに予算を回さざるを得なかった。でも、そこはしっかりやっていきたいと思います」

 この「日本のフィジカルスタンダードを変える」と「人材育成と教育を中心に据える」という目標には、長年Jクラブの強化畑を歩んできた大倉社長の意向が色濃く反映されているように感じる。そして、その夢をかなえるためには、やはりいわきドームベースの存在は極めて重要だ。再び、当人の言葉から引く。

「今年の6月か7月を目安に、いわきドームベースの中に人工芝のグラウンドを作る予定です。今、いわきで一番の問題は、サッカーをする場所がないことなんですね。特に人工芝のグラウンドが本当に少ないんです。ですから、子どもたちがドームベースで汗を流せるように、無料で開放することを考えています。市内でバスを巡回させて子どもたちをピックアップして、サッカーだけでなく勉強ができるような、そういう地域のハブとなるような場所を提供していきたいと思っています」

 ちなみに、J1湘南の社長のポジションを辞して、あえて福島県2部からチャレンジすることを決意した理由についても、大倉社長は興味深いコメントを残している。

「14年間、(セレッソ大阪や湘南で)チーム編成とかいろいろなことをやってきましたが、ただ『勝った、負けた』とか『誰を取ったり、誰を切ったり』だけでない、『サッカーが持つ意味ってなんだろう』ということをずっと考えていました。そんな時に、25年ぶりに安田社長と出会って、スポーツの持つ力とかスポーツの産業化とか、今まで僕が考えていたことがつながっていくのを感じました。僕も今年で46(歳)になったんですけれど、このトライに今後の人生を懸けたい。湘南の社長を辞めたのは、それが理由です」

常識的に考えれば途方も無い目標だが

福島ユナイテッドもホームゲームを行ういわき市は、少年サッカーが盛んな地域として有名 【宇都宮徹壱】

 ところで当のいわき市民は、この降って湧いたようなプロジェクトをどのように受け止めているのだろうか。いわき市在住のサッカーファンの友人に感想を聞いてみたところ、おおむね好意的な意見が返ってきた。

「ドームいわきベースについては、地元住民にとっては新たな雇用という面で期待はありますね。震災復興という面もあるでしょうが、小名浜港も近いですし、高速にもすぐに乗れる場所なので、物流には適しているのも大きかったと思います。いわきFCについては、この展開に正直驚いていますね。私は福島ユナイテッドを応援していますが、いわきFCについても地域に密着したクラブとして頑張ってほしいと思います」

 もっとも、クラブの壮大な目標については少し懐疑的な様子。「いわき市を東北一の都市にする」ことへの実現性については「仙台を超えるってことでしょ? 限りなく低いと言わざるを得ないですね。それから、いわきにJリーグの試合もできるスタジアム構想があるようですが、至難の業だと思いますよ」。私もそう思う。だがドームの安田社長は、そうした常識的な発想に強く異を唱える。

「私ども株式会社ドームでは、スポーツを通じて日本全体を元気にする。もっと過激な言い方をしてしまうと『(日本を)改革をするんだ!』くらいの意気込みでやっています。(中略)今の日本というのは、何か新しいことをしようとすると、『それはこういう理由でダメだ』という話になってしまう。だけど、常に新しい世界を構築していくのがアスリート。そのことを日本人全体が忘れているんじゃないのかなと思っています」

 安田社長は、大倉社長と同じ46歳。法政大学時代はアメリカンフットボール部の主将として活躍し、大手商社を4年で退社後、高校時代の友人と2人でドームを設立した。それから20年で、前記したようなビッグカンパニーへと成長させたわけだが、単なるビジネスの成功者ではない。この人のインタビュー記事や文章を読んでみると、スポーツで日本という国を変えていこうとする思いと確信にあふれ、アメフト出身らしい戦略的なアプローチに長け、そして相当な自信家で野心家であることが理解できる。ユニークな人材に事欠かないスポーツビジネス界でも、かなり強烈なパーソナリティーが感じられる。

 そんな安田社長と大倉社長が四半世紀ぶりに再会し、それぞれが抱えていた日本のスポーツ界やサッカー界への問題意識がスパークして、いわきFCというプロジェクトがスタートした。前述したとおり、私は「●●からJを目指す!」というクラブについて、慎重なアプローチを心がけている。しかしながら「スポーツで日本を改革する」とか「年間100億円のクラブを目指す」といった壮大な夢を、はなから全否定することはしたくない。現在、クラブが確保している選手はわずか6名。県リーグからJ1までは、最短でも8年かかる。目標達成までの途方もない距離感に、思わず立ちくらみを覚えそうだが、少なくとも当事者たちは本気だ。会見に立ち会った取材者のひとりとして、いわきFCのプロジェクトには今後も注視していきたい。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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