ゴールへの感覚を研ぎ澄ます大儀見優季 決勝トーナメントで活躍が期待できる理由

小澤一郎

「考えなくても体が反応していく」

エクアドル戦で今大会初ゴールを決めた大儀見。状態を不安視されているが「考えなくても体が反応していく」と本人は好調さをアピールする 【Getty Images】

 女子ワールドカップ(W杯)のグループリーグ(GL)3試合で1得点、シュート本数5本、枠内シュート2本という数字の大儀見優季のコンディションやパフォーマンスについて、期待の裏返しなのか日本では不安視する声も挙がっているようだ。19日から決勝トーナメントに向けたトレーングを再開した大儀見に話を聞くと、GL3試合フル出場の疲れは「まったくない」とのこと。試合数時間前に筋肉に刺激を入れるためのオリジナルのウォーミングアップにおける「筋肉の感触や反応が良すぎるくらい」の好調をキープしているという。だからこそ、「試合中も感覚的にやれている」と話す。

 大儀見にとって感覚でプレーできている状態というのは非常に重要なこと。W杯開幕前に話を聞いた際、彼女は個人的な今大会のテーマについて「コンディションが良いと反応速度も上がるから、考えなくても体が反応していく。試合に臨む時にどれだけその状態に持っていけるか」と説明してくれた。少々難しい表現だが、つまりはサッカー選手がプレーを選択する際に行う一連のプロセス内の「見て、判断する」という作業を自動化した中でプレーや展開を予測し、相手DFの予想を上回る速度で効果的なポジションを取れているということだ。

 FCバルセロナで長くフィジカルコーチを務め、今やスペインサッカー界では「伝説的フィジコ」とも呼ばれるパコ・セイルーロ氏は今でも「私がフィジコとしてこれまで見てきた選手の中で一番速い選手は(ジョゼップ・)グアルディオラだ」と述べる。単純なスプリント能力を見ると現役時代のグアルディオラは「足の遅い選手」だった。しかし、フィジカルコーチでありながら「フィジカルトレーニングは存在しない」という独自の理論を掲げるセイルーロ氏の「スピードある選手」の定義は、「少ない時間で一定の距離を走ることのできる選手ではなく、試合の中で起こる状況、プレー展開を求められた形で素早く分析、実行、解決できる選手」のことを指し、その部分で現役時代のグアルディオラは全盛期のロナウド、(サミュエル・)エトーといった快速FWよりも速かったのだ。

 セイルーロ氏の理論に頼らずとも、GL3試合の大儀見はなでしこジャパンが対戦したスイスのFWラモナ・バッハマン、カメルーンのFWガエル・エンガナモイといったアタッカーよりも明らかに速かった。その速さの正体は、彼女がこの4年かけて磨き上げてきたプレーの自動化に伴う体の反応速度の速さであり、個人的には男女共に日本が世界を相手に上回るためには大儀見のように頭の中の処理速度を「判断しなくていい」レベルにまで引き上げて勝負する必要があると考える。

大儀見を素早く認知できないなでしこ

大儀見(左)を素早く認知している選手は宮間(左から2人目)ら数人のみ。決勝トーナメント以降は岩渕(右)に期待がかかる 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 では、好調の大儀見がなぜGLで1点しか取れなかったのか。理由は大きく2つある。1つは、前述の大儀見の反応速度とチームメートの判断スピードが合っていない点だ。「判断スピード」と書く以上、そこには「見て、判断する」時間が存在する。大儀見は以前、こんな話をしている。

「日本人は判断しようとするじゃないですか。だからパターンが読みにくい。逆に、欧州の選手は誰もが自分のプレー(パターン)を持っているから、味方に関しても相手に関しても読みやすい。なので、欧州にいた方が点も取りやすいというのはあります」

 この話をかみ砕くと、「見て、できるかどうか判断する(迷う)」日本の選手に対して、ドイツなど欧州の選手は「見て、決断する」ということ。だからこそ、大儀見がまずチームメートに求めたものは、特にクロスにおける判断スピードのアップだ。大儀見は自身が得点するのではなく「つぶれ(おとり)役」になることをいとわず、素早くニアゾーンを取るパターン化された動きを繰り返してきた。ピッチ内外でサイドの選手には、「(クロスは)見ないで上げてほしい」という要求を出すなど、一連のプロセスがカメルーン戦での先制点を生み出した。

 ただ、クロス以外のシーンになるとW杯という大舞台の緊張感、ミスに対する恐怖心など心理的な要因が大きいのか、大儀見を素早く認知し、素早くプレーの決断ができている選手はほとんどいない。現時点ではMF宮間あや、左サイドバックに入った時の宇津木瑠美といったところで、決勝トーナメント以降はFW岩渕真奈に期待したい。エクアドル戦での後半40分に大儀見と岩渕の2人の連係でフィニッシュまで持ち込んだシーンが象徴するように、岩渕は相手を引きつけるスキルや間合いを持っている。それが心理的余裕と広い視野を確保することにつながり、大儀見がほしいポイントを素早く認知することができる。

 実際エクアドル戦の決定機では、岩渕からのパスを受ける大儀見の反応速度(動き)の方が速く、大儀見も「もうワンテンポ速くほしかった」と振り返る。岩渕が大儀見に対する認知のスピードを上げて素早くパスを供給できるようになれば、短い距離は岩渕との関係、長い距離は宮間との関係で大儀見がフィニッシュまで持ち込むシーンが生まれるだろう。

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著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

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