アヤックスユースの特異なトレーニング法 日本人アナリストが明かす“個”の高め方

中田徹

午後のチーム練習の3つの特色

アカデミーのトップを務めるビム・ヨンク(右)。監督のローテーションなど、独自の手法でチームを強化している 【VI-Images via Getty Images】

 昼食を挟んで、午後3時からチーム練習がある。ここでアヤックスには3つの特色がある。1つ目は、練習で16歳以下の子はB1、17歳以下の子はA2、18歳以下の子はA1という年齢カテゴリーをしっかり守り、飛び級をしないことだ。

「試合での飛び級はやっていますよ。試合は自分のレベルに合ったところでする。しかし、トレーニングは自分の年齢に合った負荷でやる。この世代では1歳違うだけで体格やフィジカルが大きく違ってきますからね。練習ではけがをすることなく、自分を高めるためにトレーニングしないといけない。ただし、試合前日の戦術練習だけは、自分が試合をするチームでトレーニングします」(白井)

 2つ目――これが一番画期的なことなのだが、監督が6週間ごとにローテーションすることだ。フランク・ペールボーム、ヘリー・フィンク、前述のロイ(インディビジュアルコーチ兼任)の各監督がA1、A2、B1の監督を持ち回って練習し、試合で指揮を執るのだ。アカデミーのトップを務めるビム・ヨンクも、日本のS級に当たるコーチライセンスを取っている最中であることから、研修を兼ねてA1の監督に就いた時期もあった。

「ビム・ヨンクが『これはビジネスモデルから来たアイデア』と言っていました。ビジネスの世界では職場の配置転換がある。新しい上司が来れば、ビジョンが違ってくる。サッカーでも監督が変われば、選手に対する要求が変わってくる。A監督が右サイドバックとして見ていた選手を、B監督は右ウインガーが適正なポジションと見るかもしれない。そこで配置転換が生まれる。もちろん“アヤックスのサッカー”という大枠はありますけれど、それぞれの監督のキャラクターは違うから、6週間ごとに選手は新しい監督と向き合わないといけない。

 今季からローテーションが始まったんですが、マンネリにならず新鮮で良いなと思いました。6週間経つと監督が変わってゼロからのスタート。すると、それまでベンチに座っていた選手にとってはチャレンジになる。選手は6週間ごとに自分を証明し続けないといけない。ストレスもあるかもしれないけれど、それに適合できるというのも成長。また、監督、コーチ合わせて8人が全員、選手の名前を知っているだけではなく、今の状況を確認しながら、みんなで補完することができる。今では一人の監督が一つのチームを見るのがナンセンスに思えるほどです」(白井)

 3つ目がトレーニングの周期化である。サッカーには攻撃、ボールを失った瞬間、守備、ボールを奪った瞬間という4つの局面があるが、これを2週間ごとにテーマを決めてサイクルさせながらチーム練習に落とし込む。例えばビルドアップから3人目の動きがテーマだとすると、それに必要なサッカーのハンドリングを2週間かけて練習する。

 コーチングスタッフのミーティングの際、白井はビデオ分析担当として議論が起きそうな場面を編集して用意する。そこで、アヤックスがボールを奪った瞬間の切り替えの場面を幾つか見せた。ヨンクが「こうした時の動きがアヤックスの選手の頭の中にシステムとして入ってないんだよなあ。ボールを取った瞬間、前の選手はスルーパスが来るのを狙って走っているけれど、後ろの選手も一瞬で上がってコンパクトにしないといけない」と指摘する。するとコーチたちがいろんな話し合いを始め、最後にトレーニングメソッドを考えていく。

白井「新しい波が来ている」

 オランダ国内では「アヤックスのユースアカデミーは“個”のトレーニングに特化しすぎている」という批判もあるが、実際に練習の流れを振り返ってみると、チーム練習にも時間を割いていることが分かる。

「やはりサッカーというスポーツはチームでやるので、攻撃、守備、攻守の切り替えがある。しかし、それを高いレベルで成果を出すためにはひとりひとりがやるべきタスクがあるわけで……」(白井)

 そこで“個”に戻ることになる。

「そうなんですよ。個々の選手が高い能力と、深いサッカーの理解がなかったら、チームの高いレベルはありえない。そこがサッカーの複雑なところなんです」(白井)

“パフォーマンストレーニング”という新たな分野が加わった午前中の個人トレーニングと、午後のチームトレーニングを昼食や軽食の栄養が補完する。この成果は、今のB1のDFと、現在オランダ代表で活躍するダレイ・ブリント(マンチェスター・ユナイテッド)がプロに上がった頃(2008年)を比べると一目瞭然となる。当時のブリントは親譲りのサッカーセンスの高さを感じたが、トッププロとしては線が細かった(編注:父親のダニー・ブリントは元オランダ代表のDF。現在はオランダ代表のアシスタントコーチを務める)。

「ダレイがマルコ・ファン・バステンの元でデビューした頃、まだこのプロジェクトは始まっていなかった。彼はボールを持ったらうまいけれど、守れなかったし、走れなかった。パフォーマンスの部分が足りなかったから、なかなかレギュラーになれず、10年にフローニンゲンへ行く(半年間の期限付き移籍)など遠回りした。でも、アヤックスの現状は本当なら遠回りが許されない。今のB1には、速さ、強さ、機動力、テクニックがあって、サッカーもできる新しいタイプのアヤックスのDFが育ってきている。見る人によっては『今までのアヤックスのDFと違うな』と気付くはず。ダレイの時代のように、チームの中で一括りになってトレーニングするのではなく、選手個々の強いところ、弱いところの特徴に合ったトレーニングをするという、今のアヤックスのアプローチが花咲かせている具体例が、B1のDFだと僕は思う。新しい波が来ている」(白井)

 アヤックスのユースアカデミーのミーティングルームには「私たちは攻撃サッカーで選手をインスピレーションさせて育成します」「私たちは攻撃サッカーで最後はチャンピオンズリーグのレベルまで選手を育成します」、「私たちはインディビジュアルなアプローチで選手を育成します」といった標語が掲げられているという。その崇高な目標に向かって、アヤックスはユースアカデミーの改革を進めている。

白井裕之

アヤックスでユース年代専属アナリストを務める白井裕之 【中田徹】

 1977年愛知県生まれ。小中学生の時までプレーしていた千種FCで、18歳から指導者を始める。24歳のときにオランダに渡り、指導者ライセンス2級を取得した。複数のアマチュアクラブのU−15、U−17、U−19の監督を経験。2011−12シーズン、アヤックスのアマチュアチームにアシスタントコーチ、ゲーム・ビデオ分析担当者として入団し、13−14シーズンからアヤックス育成アカデミーのユース年代専属アナリストとして活動し現在に至る。

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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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