パッキャオを封じたメイウェザーの戦略=歴史に刻まれた世紀の一戦は無敗王者圧勝

杉浦大介

パッキャオファンが勝利を夢見た4R

フロイド・メイウェザーはファイトマネー総額2億ドル以上と言われるマニー・パッキャオとのメガファイトに完勝 【写真:ロイター/アフロ】

 第4ラウンドにマニー・パッキャオが左ストレートを当ててフロイド・メイウェザーをロープ際に吹き飛ばした瞬間――ラスベガスのMGMグランドガーデン・アリーナに集まった1万6507人の大観衆だけでなく、まさに世界中のスポーツファンが総立ちになったのではないか。

 すかさずガードを固めたメイウェザーに、パッキャオが連打を振るって襲いかかる。ロープに詰まったメイウェザーのダメージが判断し辛かったこともあり、パッキャオファンはドラマチックな勝利の夢を見たに違いない。

 しかし……。米国時間5月2日に行なわれたメイウェザー対パッキャオのWBA、WBC、WBO世界ウェルター級王座統一戦において、パッキャオの見せ場は結果的にはこのラウンドと、あとは左フックを効果的に決めた第6ラウンドくらいのもの。他のラウンドはメイウェザーがほぼコントロールし、ポイントを集め続けていった。

誰も疑う余地のない勝利

メイウェザーは鋭いジャブと右ストレートで制空権を制圧。試合をほぼコントロールした 【写真:ロイター/アフロ】

「(パッキャオが)攻勢に出て、いくつかのラウンドを奪うことは分かっていた。彼が優勢な瞬間もあったけど、距離を保ったのはより頭のいいファイターである自分だ。距離が詰まったとき以外はパンチを貰わなかった」
 試合後の本人のそんな言葉通り、無敗の5階級制覇王者は鋭いジャブと右ストレートで制空権を制圧。前に出ようとすると鋭い右で先手を取られるのだから、パッキャオが波に乗れなかったのも仕方ない。

 10ラウンドが終わるころにはトリッキーなパッキャオのスタイルをほぼ完全に見切り、メイウェザーは余裕を感じさせた。3人のジャッジはすべて大差(118−110が1人、116−112が2人)でメイウェザーを支持した中で、8点差は少々開き過ぎだったかもしれない。それでもメイウェザーの勝利自体を疑うメディアは筆者の知る限り1人もおらず、無敗王者の圧勝と言って良かっただろう。

パンチ数でも上回ったメイウェザー

4Rには左ストレートでメイウェザーを後退させたパッキャオ。さまざまな角度から繰り出されるパッキャオのパンチがメイウェザーの壁をも突き破る可能性は十分にあるように思えたが… 【写真:ロイター/アフロ】

 歴史的なほどの注目を集めた今回の試合前、筆者を含め、パッキャオにも勝機があると考えたメディア、関係者は少なくなかった。

 スピード、パワー、トリッキーな連打を武器に6階級を制覇したフィリピンの怪物は、フルラウンドに渡って手数を出し続ける機動力とスタミナを備えている。守備に秀でたメイウェザーには1、2発は当たらないが、パッキャオならパンチを振るい続けてくれる。強固な堤防もいつしか決壊するように、さまざまな角度から繰り出されるパッキャオのパンチがメイウェザーの壁をも突き破る可能性は十分にあるように思えたのだ。

 しかし、試合後のCompuBoxの集計を見ると、戦前は予想できなかった数字が並んでいる。パンチの総数で、パッキャオはメイウェザーの435発に及ばない429発。的中率ではメイウェザーが上回るのは想定通りだとして、繰り出した弾丸の数までが足りなければチャンスがあるはずがない。ボクシングにおいてパンチ数の集計は参考にならないケースが多いが、今戦の場合、この数字が何よりも中身を如実に表しているように思えた。

パッキャオの良さを殺したカウンター

パッキャオの手数を封じ込めたメイウェザーの左右のカウンター 【写真:ロイター/アフロ】

「(メイウェザーは)動き回ったから、パンチを出すのも簡単ではなかった。1つの場所にいてくれれば、もっとパンチを出せたはずだ」
 もともと守備的なメイウェザーが動き回るのは当然だけに、パッキャオのそんなコメントは不自然に思えた。かつての野性的な姿は戻らず、試合後の会見で右肩のケガを強調する姿も少々印象が悪かった。ただ……今戦に限っては、勝負に出れなかったパッキャオを責めるより、それをさせなかったメイウェザーをたたえるべきなのだろう。

 パッキャオの手数が増えなかったのは、序盤からキレがあったメイウェザーの右カウンターを警戒したから。完全に丸裸にしたのは終盤だったとしても、メイウェザーは第1ラウンドから鋭いパンチを打ち込んで機先を制していた。

 互いに手の内を知り尽くしたタイトル戦において、相手の良さを殺すのが成功への最善の手段。力を込めた左右のカウンターを序盤からいつも以上に積極的に使うことによって、無敗王者は相手の武器を封じ込めにかかったに違いない。

9月でのラストマッチを明言も…

48戦全勝と無敗記録を更新したメイウェザーはことし9月でのラストマッチを明言したが… 【写真:ロイター/アフロ】

 こうして“世紀の一戦”と呼ばれたファイトを制し、その試合後、メイウェザーはすでに1億ドルの小切手を受け取ったことを明かしている(最終的には両者の報酬は合計で2億ドル以上に達するとの報道も)。最高1万ドルのチケットはすべて売り切れ、PPV売り上げも史上最高を記録することは確実。試合内容的には必ずしもエキサイティングではなかったとしても、この試合は近年最大のビッグファイトとして歴史に刻まれることになる。

 これほどの巨大イベントを終えて、48戦全勝(26KO)と無敗記録を更新したメイウェザーはどこに向かうことになるのか。
「9月にもう1試合行なって、引退する。(50連勝無敗の)記録のためにやって来たわけではない。このスポーツから離れて寂しく思うことはないよ」
 ボクサーの引退宣言ほどあてにならないものはないだけに、メイウェザーが本当に今年中にリングを去るかは定かではない。本人の言葉とは裏腹に、49戦無敗のまま引退した1950年代のヘビー級王者ロッキー・マルシアノの記録更新は魅力的だろう。レガシーにこだわるメイウェザーが、結局は来年以降も現役を続けても誰も驚くべきではない。

5年以上に渡る宿敵との因縁に終止符

試合後に興行延期も考えたほどのケガを右肩に負っていたことを明かしたパッキャオ。判定負けを喫し、肩を落とすパッキャオ 【写真:ロイター/アフロ】

 ただ……パッキャオが試合後の会見で興行延期も考えたほどのケガを右肩に負っていたことを明かした後でも、戦い終えたばかりの両雄の再戦が望まれることはもうないのではないか。近い未来にリマッチを行なっても内容は変わらないだろうし、個人的にももう十分に思える。

 38歳を迎えた希代のディフェンスマスターは、文字通り全世界注目の大一番でその類い稀な適応能力を再証明した。ワンサイドの勝利でフィリピンの雄を打ち破り、戦わざるまま過去5年以上に渡ってライバル関係を築いた宿敵との因縁に終止符を打った。無敗王者の強さが改めて際立った2015年5月2日。ボクシングの祝祭のようだった1日は、メイウェザーとパッキャオのライバル関係が終わった日としても長く語り継がれていくことになるのだろう。
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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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