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GKジュリオ・セーザルのリベンジ
天国から地獄。そして戦犯から救世主へ

南アフリカの戦犯とされ、ちょう落の道を歩む

決勝トーナメント1回戦、ブラジルとチリとの戦いはPK戦までもつれこみ、窮地のブラジルを救ったのはGKのジュリオ・セーザル(右上)だった
決勝トーナメント1回戦、ブラジルとチリとの戦いはPK戦までもつれこみ、窮地のブラジルを救ったのはGKのジュリオ・セーザル(右上)だった【写真:Action Images/アフロ】

 4年前の7月2日、ブラジルはワールドカップ(W杯)南アフリカ大会の準々決勝であっけなく敗退した。オランダに痛恨のゴールを与えたのはGKジュリオ・セーザルのミスだった。試合後、目を真っ赤にして涙を流しながらブラジル国民に「申し訳ない」と謝っていたジュリオの姿は、監督だったドゥンガのコメントよりもブラジル国民の脳裏に焼き付いた。ジュリオは心から自分のミスを悔やみ、優勝を期待していた国民に真摯(しんし)に謝った。


 しかし、サッカー王国の国民は残酷だ。ジュリオだけが敗退のすべての責任であるわけはないのだが、敗退は100パーセント悪。ジュリオこそがブラジルに敗戦をもたらした人物の1人として、人々の記憶に残ってしまった。


 2009年、国際サッカー歴史統計連盟(IFFHS)は、スペインのイケル・カシージャス、イタリアのジャンルイジ・ブッフォンに続く世界的GKとして彼を格付けしていた。当時、ジュリオはイタリアのインテルのGKとしてイタリアカップ、スクデット(セリエAの優勝)、チャンピオンズリーグ(CL)とタイトルを総なめし、選手キャリアの頂点とも言える時期を過ごしており、ブラジルが誇る『最高のGK』ともてはやされていた。ところが、あのミスがサッカー人生を変えていく。まさに天国から地獄に転げ落ちていったのだ。


 セレソン(ブラジル代表の愛称)はマノ・メネーゼス新監督の体制になりジュリオは呼ばれなくなった。そして、インテルは一気にタイトル争いから脱落し、2012年からはプレミアリーグの1部とはいえ2部転落に最も近いクラブだったクイーンズ・パーク・レンジャーズ(QPR)に移籍(実際2013年2部降格)。つい数年前に世界の頂点を争ったとは思えないちょう落ぶりであった。

スコラーリが再び代表に招集

 世代交代が進むセレソンには、もう二度とジュリオが呼ばれることはないだろうと誰しもが思った。いや、そんなことさえ思われないほど、ジュリオの存在は忘れ去られていたのだ。それでも、ジュリオは決してセレソンへの想いを捨てたことはなかった。「ブラジルのためにもう一度プレーしたい」。彼の心には南アでの悔しさと、ブラジルへの愛が決してなくならなかったのだ。


 2012年11月、セレソンはルイス・フェリペ・スコラーリ監督が優勝請負人としてチームを指揮することとなった。監督がまずしたことは、GKにジュリオを呼び戻すことだった。実に2年半ぶりにジュリオは望み続けたカナリア軍団に帰って来た。


 しかし、本人の喜びに反比例してメディアも世論もジュリオの起用には疑問が残ったままだった。


 所属クラブがプレミアリーグとはいえ、ブラジルで聞いたことのない弱小クラブということが大きかった。とはいえ、フェリポン(スコラーリ監督の愛称)体制になってセレソンはマノ体制とは見違えるように強豪国を破るようになり、さらにはコンフェデレーションズカップの優勝で国民からの絶対的な信頼も獲得した。


 当然、ジュリオの信頼もすっかり回復したかと思われたのだが……。

ジュリオ・セーザルの優遇に元代表GKから批判も

 昨年9月、W杯最終メンバー正式発表の実に8カ月前にスコラーリ監督は突然ジュリオだけをW杯のメンバーとして事前招集した。


 これに対して世論は決して歓迎ムードではなかった。というのも、ジュリオは所属していたQPRがプレミア2部落ちになっていたのだ。しかもジュリオは当時、新シーズンに入ってから試合にも出ておらず、人々が納得できるはずが無かった。

 しかし、フェリポンは「彼がクラブでプレーしていようがいまいが、ジュリオ・セーザルをW杯に連れて行く」と宣言した。


 自国開催のW杯という大舞台で正GKがプレミアの2部でプレーしているなんてあり得ない話だと誰もが思った。しかし、フェリポンは頑なだった。


 結局、試合出場に恵まれなかったジュリオは今年2月にメジャーリーグサッカー(MLS)のトロントにレンタル移籍することになった。


 この時も波紋を呼んだ。「カナダ人はサッカーをやるのかい?」なんて皮肉の声も上がり、セレソンのゴールを守るGKが、厳しいリーグで試合を重ねないことに不安視する世論が渦巻いた。


 元セレソンのGKたち、ジウマールやレオンも声をそろえて「ジュリオのクオリティーに疑いは無いが、試合に出ていない選手を連れて行くのはリスクだ。セレソンとトロントでは差がありすぎる。フェリポンはリスクを取りすぎた」と批判の声をあげた。

大野美夏

ブラジル・サンパウロ在住。サッカー専門誌やスポーツ総合誌などで執筆、翻訳に携わり、スポーツ新聞の通信員も務める。ブラジルのサッカー情報を日本に届けるべく、精力的に取材活動を行っている。特に最近は選手育成に注目している。忘れられない思い出は、2002年W杯でのブラジル優勝の瞬間と1999年リベルタドーレス杯決勝戦、ゴール横でパルメイラスの優勝の瞬間に立ち会ったこと。著書に「彼らのルーツ、 ブラジル・アルゼンチンのサッカー選手の少年時代」(実業之日本社/藤坂ガルシア千鶴氏との共著)がある。

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