GKジュリオ・セーザルのリベンジ 天国から地獄。そして戦犯から救世主へ

大野美夏

3度目のW杯。国歌斉唱で涙

3度目のW杯に臨むことになったジュリオ・セーザル(右)は、国歌斉唱で涙を流した 【写真:Action Images/アフロ】

 しかし、今年5月の最終メンバーに監督は約束通りジュリオを呼んだ。ジュリオは34歳で3回目のW杯となった。

 6月12日、サンパウロのコリンチャンス・アリーナで行われた開幕戦ブラジル対クロアチア戦の国歌斉唱で涙を流していた2人がいた。チアゴ・シウバとジュリオだった。4年前の悔しさを胸に、再びW杯で国歌を歌える喜びをジュリオは感じて涙があふれてきたのだ。

 ジュリオにとってセレソンの一員としてW杯を戦うことは人生を懸けること。フェリポンがジュリオに託したのは、ゴールだけじゃない。セレソンの誇りだった。負けることのつらさ、悔しさ、責任を十二分に知っているジュリオから他のメンバーに伝えて欲しかった。

 そして、彼はそれに応えた。ベスト16のチリ戦、チリはブラジルにスペースを与えず、中盤は激しいボールの奪い合いで互いに1点取ったのみで延長戦まで突入したものの、勝負はつかなかった。試合はPK戦に持ち込まれた。

 この時、ジュリオは『絶対にゴールを守る。ここで負けられない。W杯のトロフィーを手にするまでは負けちゃいけないんだ』と自分に言い聞かせた。

 チームメートから励まされ、リザーブGKのジェフェルソンからは、ミネイロンを舞台にPK戦でリベルタドーレス杯に勝ったときのお守りも託された。このときのジュリオの集中力は半端無かった。

チリとのPK戦に勝利し南アの亡霊に打ち勝つ

 そして、6万人近い観衆が見守る中、チリのトップバッター、マウリシオ・ピニージャのキックをジュリオがはじいた瞬間、大歓声が沸き起こった。ブラジルの2人目ウィリアンが失敗し落胆しかけたところを、ジュリオがアレクシス・サンチェスのシュートをセーブし再び大歓声。ブラジル5人目のネイマールがゴールを決め「3」としたところで、運命はチリ5人目のキッカー、ゴンサロ・ハラとなった。ハラの蹴ったボールがゴール右のポストに当たった時、ジュリオはついに南アの亡霊を消し去ることができた。

 試合直後、涙を流しながら「4年前の南アでこういうインタビューを受けた。あのときは、負けて悔しくて悔しくてたまらなかった。でも、今日泣いているのは喜びなんだ。僕のセレソンでの歴史はまだ終わっちゃいない。まだ、あと3段、階段を上らないといけない。また、再びこのような喜びに満ちたインタビューができることを願っている。国中を喜びに包むこと、それが僕の夢だから。今日の観客、仲間に感謝でいっぱいだ。この困難に立ち向かうのに精神的に感情的に簡単なことじゃない。でも、神様と家族は僕がこれまでに乗り越えて来た困難、つらさを分かっていてくれる。チーム全部が僕を支えてくれたおかげで、自分のベストを尽くせた」と気持ちを吐き出した。

ジュリオはセレソンの魂

 勝った瞬間、プレッシャーから解放され、ピッチに突っ伏して泣いたネイマールは「ジュリオ・セーザルのことを『セレソンのGKなのにトロントのような弱小クラブでプレーしている』と批判する声もあったが、今日の活躍で批判をしていた人たちの口をふさいだ。これでブラジルには守護神がゴールにいることを証明したんだ」と仲間をたたえた。

 ジュリオのセーブは奇跡じゃない。悔しさ、戦犯として生きた4年間の苦しみとセレソンへの、ブラジル国民への愛があったからこそ、彼は偉業を成し遂げた。

 もちろん、まだ何も終わっていないのだから、ここで感動している場合じゃない。この先、もっと厳しい戦いに挑まなければいけないのだ。しかし、これだけは言える。ジュリオは戦犯ではなくなった。4年かかったけれど、自分の力で国民からの信頼を再び取り戻すことができた。ブラジルのゴールにはジュリオがいる。やっとフェリポンの言葉が分かった。

 彼がクラブでプレーしていようがいまいが関係ない。ジュリオはセレソンになくてはならないGKなのだ。ジュリオはセレソンの魂なのだ、と。

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著者プロフィール

ブラジル・サンパウロ在住。サッカー専門誌やスポーツ総合誌などで執筆、翻訳に携わり、スポーツ新聞の通信員も務める。ブラジルのサッカー情報を日本に届けるべく、精力的に取材活動を行っている。特に最近は選手育成に注目している。忘れられない思い出は、2002年W杯でのブラジル優勝の瞬間と1999年リベルタドーレス杯決勝戦、ゴール横でパルメイラスの優勝の瞬間に立ち会ったこと。著書に「彼らのルーツ、 ブラジル・アルゼンチンのサッカー選手の少年時代」(実業之日本社/藤坂ガルシア千鶴氏との共著)がある。

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