高橋大輔、感謝の『ビートルズメドレー』=フィギュア プログラム曲紹介Vol.6

いとうやまね

集大成の五輪で、高橋大輔がつづる『ビートルズメドレー』のエピソード 【坂本清】

 高橋大輔(関西大大学院)の競技人生最後となるフリースケーティング。そのテーマはズバリ「愛」。ファンへの感謝の気持ちを表現しているそうです。『ビートルズメドレー』を彩る5つの曲は、「イエスタデイ」「カム・トゥゲザー」「フレンズ・アンド・ラバーズ」「イン・マイ・ライフ」「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」。ジョン・レノンとポール・マッカートニーによって書かれた4曲に、ビートルズの音楽プロデューサーだったジョージ・マーティンの一曲が加えられています。

高橋のラストタンゴ「滑りこなせるスケーターは彼だけ」

 このプログラムの5曲中3曲が、スウェーデン出身のクラシックギター奏者イェラン・セルシェルのビートルズカバーアルバム『From Yesterday to Penny Lane』からとられています。

 1曲目は、弦楽合奏とギターの音色が美しい「イエスタデイ」。キューバが生んだ名ギタリストで作曲家のレオ・ブローウェルがアレンジしたもので、それをセルシェルがさらにカバーしています。郷愁を帯びた旋律をバックに、「白」い衣装(12月の全日本選手権では紺に)の高橋選手がエレガントに滑走する様子は、風に舞う一片の羽根を思わせます。

 続く「カム・トゥゲザー」は、高橋選手の真骨頂であるタンゴ。振付師のローリー・ニコルさんが長年温め続けてきた曲だそうです。フリーの楽曲作りは、この「カム・トゥゲザー」を中心に進められたとのこと。「このタンゴバージョンを滑りこなせるスケーターは彼だけ」。そう言わしめた高橋選手のラストタンゴを、五輪という大舞台で見ることが出来るのは、ファンとしても幸せなことです。

 魂を揺さぶるようなバンドネオンは、ノルウェー人アコーデオン奏者ペル・アルネ・グロルヴィゲンによる演奏です。バンドネオンはアルゼンチンタンゴには欠かせない楽器ですが、鍵盤の代わりにボタンがたくさん並んでいる小さなアコーディオンをイメージしてください。

 基本的にパーカッションを置かないアルゼンチンタンゴでは、時々バンドネオン奏者がボディーの木の部分をたたいてリズムを刻みます。「カム・トゥゲザー」の曲終わりにあるドアをたたくような、あるいは靴音のように聞こえるのがそれにあたります。緊張感のあるリズムに合わせた高橋選手の足さばきが、次に控えるゆったりとした流れに対して、効果的なメリハリを与えています。

 アルゼンチンタンゴは、首都ブエノスアイレスの旧港があるボカ地区が発祥の地。スペインやイタリア移民の貧しい港湾労務者たちが鬱憤(うっぷん)晴らしに男同士で踊っていたのが始まりです。やがてそこに娼婦が加わり男女の踊りになったという経緯があります。ヨーロッパで発展を遂げたコンチネンタルタンゴと違って、荒々しさがあるのはそのせいかもしれません。高橋選手の振り付けにも、そんなワイルドなセクシーさを感じます。

友情の証し「フレンズ・アンド・ラバーズ」

 楽曲の中で唯一ビートルズではない曲が、3曲目の「フレンズ・アンド・ラバーズ」です。この曲は、ジョン・レノンの死を悼んで、ジョージ・マーティンが自身のスタジオのあるモンセラート島で書いたインストゥルメンタルです。カリブ海に浮かぶ美しい島で、夕日が沈むのを眺めながら愛する友人を思って書いた曲だといいます。
 レノンという天才が生み出した原石を、優れた商業作品にまで磨き上げたジョージ・マーティン。二人の間には絶大なる信用と尊敬がありました。その関係は、フィギュアスケーターと振付師にも重なるものかもしれません。
「フレンズ・アンド・ラバーズ」という曲名は、4曲目の「イン・マイ・ライフ」にある一節です。『過去に出会った友達や恋人。僕は彼らを人生の中で思い出として愛している。でも今の君以上に愛せる人はいない……』、といった内容のレノンが書いた歌詞の一部です。ジョージ・マーティンがその一節を曲名にしたのは、時を経た友情の証しと言っていいでしょう。「フレンズ・アンド・ラバーズ」が収められているジョージ・マーティンのアルバムタイトルは、そのまま『イン・マイ・ライフ』です。

 最後を締めくくるのは、「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」。合唱曲の分野で有名な音楽家、ジョン・ラッターのアルバム『ビートルズ・コンチェルト(Third Movement)』に収められているカバー作品です。演奏しているのは、英国最古のオーケストラの一つであるロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団です。

グランドフィナーレへ

五輪でのグランドフィナーレの時は、もうすぐそこに 【坂本清】

 物事には時を経ることによって見えてくる本質があります。前述した「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」にまつわる話をひとつ。マッカートニーが書いたビートルズ時代の歌詞と、30年後に録音し直した歌詞には若干の違いがあります。『僕が手を尽くしたことを君は知らない』と録音されたものから、『僕が手を尽くしたことを君は知っている』に変わっていることは、ビートルズファンの間ではよく知られています。

 1曲目の『イエスタデイ』にもそんな話があります。ポールは当初「イエスタデイは自分の元を去った恋人を想う歌」だと考えていたようです。しかし、後になってこの曲の詞は「若くして亡くなった母への想い」であることに気が付いたということです。作っていた当時の若いポールには分からなかった本質が、そこにはあったようです。

 プログラム曲に対するアプローチは選手によってさまざまで、そこに正解はありません。作者の意図や時代背景、ストーリーや主人公の心の動き、そこに込められた哲学までもを演技に取り込む選手がいる一方で、曲が自分に与える印象を第一にし、そこにオリジナルな解釈を乗せていく選手もいます。高橋選手はどちらかといえば、後者のような気がします。

 豪華絢爛なオーケストレーションをバックに、華麗にリンクを舞う高橋選手。ダイナミックなスピンによるグランドフィナーレの後には、きっと晴れ晴れとした笑顔があるはずです。でも、わたしたちファンは泣いているかもしれませんね。

<了>
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著者プロフィール

サッカーおよびフィギュアスケートのコラムニスト、サッカー専門TV、欧州実況中継、五輪番組のリサーチャー。コメンテーターとしてTVにも出演。Interbrand、Landor Associates他で、シニアデザイナーとしてCI、VI開発、マーケティングに携わる。後に、コピーライターに転向。著書は『氷上秘話〜フィギュアスケート楽曲プログラムの知られざる世界』『フットボールde国歌大合唱』他、構成『サッカー日本代表帯同ドクター』(土肥美智子)他。

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