村上佳菜子、女性の迷い、強い意志を氷上で=フィギュア プログラム曲紹介Vol.5
困難を切り開いていく女性が描かれた、映画『愛のイエントル』のストーリーとは 【坂本清】
困難を切り開く女性、イエントル
話のあらましを少しだけ。
まだ学問が女性に許されていない二十世紀初頭のポーランド。ユダヤ学者の娘イエントルは、父から密かにユダヤ教の聖典「タルムード」を習います。そんな理解者である父が天に召されると、イエントルは髪を短く切り男装して、名前をアンシェルという男の名前に変えます。そして、故郷を出ると男子にしか許可されていないユダヤ聖典の学校「イェシバ」に性別を偽って入学します。
やがて、そこで出会った学友アヴィグドルに恋心を抱くようになるイエントル(アンシェル)。アヴィグドルにはハダスという婚約者がいます。ところが兄の自殺を理由に婚約を破棄されてしまいます。ハダスの父親はイエントル(アンシェル)を娘の婿にと言い出し、アヴィグドルもそれを望みました。ハダスもまたイエントル(アンシェル)に思いを寄せるようになります。立場的に追い詰められたイエントルは、ハダスと結婚することになってしまうのですが、果たして3人の若者の運命は……。
ユダヤ系米国人のノーベル賞作家アイザック・バシェヴィス・シンガーが1962年に書いた短編小説『Yentl the Yeshiva Boy』を、同じくユダヤ系米国人であるバーブラ・ストライサンドが、1983年にミュージカル映画にしたものです。彼女は製作・監督・脚本・主演・主題歌の5役をこなしています。
この映画の評価は真っ二つに分かれました。アカデミー賞やゴールデングローブ賞の各部門を受賞およびノミネートされているのに、それと同時に、最低評価の映画に与えられるゴールデンラズベリー賞にも複数ノミネートされました。それだけ問題作だったということになります。
神への懺悔と父への思い
村上選手の最後のビールマンスピンは、劇中で印象的だった白いロウソクの炎のようです。曲の終わりに静かに吹き消されます。
Papa,Can You Hear Me?という言葉は、映画を通して何度も出てくるフレーズです。人生の岐路に立たされた時、迷いが生じた時、イエントルは繰り返し亡くなった父親と対話をするのです。
「Papa,Can You Hear Me?」を含むミュージカルスコアは、フランスの作曲家ミシェル・ルグランによるものです。ルグランは『シェルブールの雨傘』『嵐が丘』『愛と哀しみのボレロ』『レ・ミゼラブル』など、たくさんの映画音楽を手掛けている大作曲家です。
演技に使われているインストゥルメンタル(演奏)は、イスラエルの偉大なバイオリニスト、イツァーク・パールマンが1997年にリリースした『Cinema Serenade』に収められているものです。ジョン・ウィリアムズが指揮をしたピッツバーグ交響楽団とのコラボレーション作品で、深みのあるバイオリンは、名器ストラディヴァリウスのソイル1714年製だそうです。お分かりになられましたでしょうか?
印象的だったファイエラ&スカリ組のイエントル
しっかりビールマンポジションを取る村上。表現力と技術力、ともに磨きをかけて五輪へ臨む 【坂本清】
2007年のスケートアメリカでは、二人が同じ色合の、デザインもほぼ一緒の衣装を身に着けて演技に臨みました。髪の長さもカールの仕方も、前髪を後ろにひっつめたスタイルも同じで、双子のような印象すら受けました。二人の身長差がほとんどないのと、アイスダンスという特性上、遠く離れることがなくシンクロした動きが多いので、まるで「合わせ鏡」のような演出だったのを覚えています。まさに、「イエントルと男装したイエントル(=アンシェル)」といった風で、とても印象に残っています。動画サイトで探してご覧になってみてくださいね。
映画『愛のイエントル』は、主人公が船で米国に向かうところで終わります。閉鎖的な母国を出て自由の国米国に第二の人生を見出すイエントル。希望に満ち溢れた顔のアップから、やがて船の遠景になりエンディングを迎えます。その姿は男装のアンシェルではなく、ひとりの女性イエントルとして。
ソチ五輪の大舞台で、その演技の最後に、村上選手の最高の笑顔が見られますように。
<了>
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