『元日・国立』ファイナルに相応しい戦い=天皇杯決勝 横浜FM対広島

宇都宮徹壱

横浜FMの会心の試合はなぜ実現したのか?

するどい右足のひとふりから先制点を奪った横浜FMの齋藤学(左) 【写真は共同】

 横浜FMの追加点は前半21分だった。左コーナーキックから中町がヘディングシュート。いったんはGK西川周作が素晴らしい反射神経で片手で阻むも、すぐに中澤佑二が頭で押し込んで点差を広げる。横浜FMは、序盤の2つの決定機をいずれもゴールに結びつけることに成功。併せて、心理的なアドバンテージも得ることとなる。端的に言えば、この時点で試合の行方の7割方は決まってしまったと言ってよいだろう。

 広島の森保監督は「入りのところがすべてだったと思います。最初の15分、20分のところでマリノスのほうがアグレッシブだったというところで失点してしまい、難しい試合にしてしまった」と、早々に試合の行方を決められたことを悔やんでいた。これに対して横浜FMの樋口靖洋監督は「リーグ戦でやってきたことを、より精度を高めることで結果が出ると信じていました」と、会心の試合だったことを明かした上で、このように続けた。

「広島はリトリートした守備をするのが分かっていたので、うちは逆にそれに付き合って守備的にやるのではなく,前から奪って前でプレーするというのが今日のゲームをコントロールする上でのキーワード。立ち上がりから押し込んで、ボールを前で奪えて、さらにゴールすることができたという意味で、(選手は)いい入りをしてくれたと思います」

 もちろん、広島も無抵抗だったわけではない。前線に人数をかけながら素早くボールを回し、2点のビハインドを負って以降もいくつか決定機を作っていた(とりわけ、後半6分の佐藤寿人のポストから石原が放ったシュートは素晴らしかった)。だが、やはり激戦の疲労からか「もっとギアが上がるところで上がらなかった」(森保監督)。ゆえに、攻守での球際で、どうしても一歩の遅れが目についてしまう。加えてこの日の横浜FMの守備はまさに鉄壁。今季のJ1で、広島に次いで2番目に失点が少なかった彼らの高いディフェンス能力は、この日も遺憾なく発揮された。

 このように、久々の決勝の舞台でありながら、横浜FMの選手たちが気負うことなく最後まで自分たちのサッカーを貫くことができた。その下支えとなっていたのが、1カ月前にリーグ優勝の夢を断たれて以降のチームマネジメントである。再び樋口監督のコメントを紹介しておきたい。

「リーグ最終戦から準々決勝の大分戦まで、2週間あったので4日間の完全休養を取りました。正直、立ち上げで時間がかかる怖さがありましたが、練習を再開したときの選手たちの表情を見て、これは4日間休んでよかったなと。いい意味で切り替えて、タイトルに向かうことができました」

今回のファイナルはリーグ戦とセットで捉えるべき

試合そのものは盛り上がりに欠けたが、最後の『元日・国立』に相応しいカードであった 【宇都宮徹壱】

 結局、前半の2ゴールを守り切った横浜FMが、広島の追撃を振り切りって21年ぶりの天皇杯優勝を果たした。ゴールが前半のみだったこともあり、「つまらない」と感じた観戦者も少なくなかったようだ。しかしこのゲームに関しては、リーグ戦の1位と2位の対戦ということで、むしろ今季のJ1における両者のデッドヒートとセットで考えるべきであろう。リーグ戦で追う立場だった広島が優勝したことで、彼らは今度は追われる立場となり、逆に広島に逆転優勝を許した横浜FMは、今度はチャレンジャーとして(つまり「失われたタイトル」を取り戻すべく)広島とのファイナルに挑むこととなったのである。

 それゆえであろうか、勝った横浜FMの選手も敗れた広島の選手も、それぞれに喜びと悔しさを噛み締めつつも、互いに相手をリスペクトするコメントを残している。横浜FMの中澤が「リーグでは広島が上だし、年間を通しての力は広島が一番上だと思う。今回は一発勝負だったので、ちょっとこっちに分があったかなという感じ」と語ると、広島の佐藤も「自分たちは天皇杯への思いがあったけど、マリノスもタイトルへの強い思いがあったし、今日は彼らのほうが良かった」と、相手への賞賛を惜しまなかった。試合後の表彰式でも、先にメダルを授与した広島の選手たちが階段を降りる際、すれ違う横浜FMの選手たちひとりひとりと握手をかわしていた。非常にささいなことかもしれないが、個人的には非常に良いものを見せてもらったと思っている。

 試合そのものは、確かに盛り上がりに欠ける部分もないわけでなかった。それでも、2013シーズンのタイトルを最後まで競り合った2チームが、直接対決での雌雄を決するべく死力を尽くし、試合後は互いの健闘をたたえ合う光景というものは、実に清々しい光景であった。と同時に、今回の横浜FM対広島というカードは、まさに最後の『元日・国立』を締めくくるに相応しいファイナルであったと強く実感する。この場に居合わせることができた僥倖(ぎょうこう)を、過去の名勝負の記憶と共にしっかりとかみしめることにしたい。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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