酒井宏樹、評価高まる2年目のシーズン=海外移籍の壁を乗り越え、今季輝ける理由

リベリを抑え称賛、しかし次戦では厳しい現実に……

2年目のシーズンを迎え、ドイツでの評価が高まってきたハノーファーの酒井 【Getty Images】

 ハノーファー96で酒井宏樹を取り巻く状況は一変した。この日本代表選手は昨季、ベンチを温めているばかりだった。だが今では、ミルコ・スロムカ監督がこの23歳のサイドバックを欠くことを望まず、また起用しないことなどできなくなっている。その理由については後述しよう。
 まずは酒井がある選手を封じ込めたストーリーを語りたい。欧州でも最高の選手であり、世界でもベストの存在であるあのプレーヤーを。

 ブンデスリーガ第5節のハノーファーは、全能のスター監督ジョゼップ・グアルディオラ率いるチームと戦うため、ミュンヘンへと乗り込んだ。酒井は力強いプレーを披露し、相対したフランク・リベリをほぼ完璧に試合から遠ざけた。このパフォーマンスにより酒井はファンの心の中へと入り込み、ファンが集うサイトの掲示板でも称賛されることとなった。そのサイトでは酒井がリベリにタックルを食らわせる写真が、「世界年間MVP? 関係ないね」との見出しとともに掲載された。日本のメディアでも、酒井はリベリに抜かれることがなかったことを高く評価した。

 それでも勝ったのは3冠王者。リベリもこの試合のチーム2点目をマークしたが、その得点は完璧に崩したものではなかった。ピッチの上で、リベリはあえいでいたのである。

 その11日後にハノーファーは、またもドイツの最多優勝記録を持つチームと対戦した。今回の舞台はDFBポカール(ドイツカップ)で、酒井は、リベリではなく、スイス代表のシェルダン・シャキリとマッチアップしたが、今回の酒井は力感あふれるパフォーマンスを見せることができなかった。シャキリを抑え込むことができず、危うくPKを献上しかけるなど、バイエルンが4−1の勝利へ突き進むのを止められなかった。

 一度はブンデスリーガの公式サイトでヒーローとして紹介された酒井は一転、厳しい現実に引き戻されることとなった。酒井は今回行ったインタビューで、「僕らは2度も負けたのですから、喜べるはずもありません」と自分に厳しく話した。もちろんバイエルンは国内外であらゆるチームの指標となる存在だが、「でも、ピッチに入る時には勝ち点獲得を狙いにいっています」と酒井は続ける。ブンデスリーガで戦い続けるためには良いプレーを継続させることが必要だと、この23歳は心得ているのだ。
 だが、酒井はハノーファーの今季序盤の勝者であり、すでにさまざまなことを成し遂げてきた。

12年はもの足りないシーズンに。その原因は?

 2012年、酒井は100万ユーロ(約1億3000万円)の移籍金で、柏レイソルからライン川沿いの街へとやって来た。ブンデスリーガのレベルに達し、ハノーファーで熱狂的人気を集めるスティーブン・チェルンドロの後継者となることを期待されて獲得された。

 だが、ドイツでの初シーズンは平均的活躍には届かないものだった。チームの主将のバックアップとなり、ブンデスリーガでは13試合の出場にとどまった。右サイドバックとしてプレーする酒井は、特にホームでやる気が空回りし、とてもナーバスであるように見えた。ハノーファーの記者たちは、ブンデスリーガでプレーする能力があるのかと疑念を抱いたものだった。

 そんな批判に対して、酒井は今季のパフォーマンスで見事に反論してみせた。
 酒井のデビューシーズンが物足りないものとなった理由はいくつかあるが、それは酒井に非があるものではない。酒井が苦労したのはナーバスになったからでも、質が足りないからでもなかった。単にクラブが移籍後の酒井を数週間、さらには数カ月と放置しておいたということである。「新しい環境での刺激と手続きが、とてもたくさんあったんです。それに言葉のこともありました」。

 インタビューの中で、酒井は抱えた問題のリストを読み上げた。ハノーファーは、こうした状況を軽視していた。ハノーファーのU−21チームでFWとしてプレーするノト・マサヒトに、酒井がドイツになじむ手伝い役を課したが、これがあまりうまくいかなかった。あまりに日本語と違うドイツ語も、若きタレントの前の大きな壁となった。

会長も認めるミス「放っておいてしまった」

 前スポーツディレクターのヨルク・シュマトケが言うところの、次の「小さな解決策」を探す作業を、ハノーファーは続けた。ハノーファーの元マッサーであるサカエ・シンジ氏が、サッカーも含めた新しい世界に酒井が慣れる手助けになると考えられたが、今回も最終的にはうまくいかなかった。それはチームミーティングの間、サカエはロッカールームに入ることを許可されなかったからである。

 スロムカ監督に何を期待されているのか、酒井は理解することができなかった。整髪のためにデュッセルドルフへ定期的に通ったが、ドイツ最大の日本人コミュニティーも酒井の手助けにはならなかった。もしもフォルトゥナ・デュッセルドルフにいた大前元紀(現清水エスパルス)や、シャルケ04の内田篤人といった他の日本人選手に会えていたならば、アドバイスをもらえていたかもしれない。

 日本ではあらゆる外国人選手に相談相手がいるのに、といぶかる酒井は「ハノーファーに来た当初から、そうなれば良かったのですが」と話す。シュマトケも「我々は対処できると思っていたんだ」と、自分たちのミスを認める。クラブの会長であるマルティン・キントも「結局は、われわれが彼を放っておいてしまったということだ。プロフェッショナルな対応をしていなかった」と振り返る。

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著者プロフィール

1978年生まれ。20年以上にわたり、ルール地方のサッカークラブに焦点を当て、ブンデスリーガの取材を続ける。09年からは「WAZ」紙のサイト(http://www.derwesten.de/)で記者を務める。ツイッターアカウントは@ruhrpoet。自身のサイトはwww.david-nienhaus.de。

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