風間理論に適応し得点を量産する大久保=J1通算100得点の偉業を語る

江藤高志

蹴った瞬間にはゴールを確信した

J1通算100得点を記録した大久保は、最も意味があったゴールとして川崎での初ゴールを挙げた 【スポーツナビ】

 大久保嘉人のJ1通算100ゴール目はPKだった。第16節・浦和レッズを相手に前半を3−0で折り返した後半49分のことだった。PKスポットに立った大久保は、GK加藤順大との駆け引きの中にいた。大久保は最後までボールを見ずに加藤を凝視し続けた。

 浦和のGK加藤とは、2011年の第20節でもPKの場面で対峙(たいじ)している。「浦和のアウエーの後半ロスタイム。2−2の場面で、コロコロ(転がしたPK)を決めたんです」。だから「(加藤選手は)研究しているんだろうなと思い、外すイメージしかありませんでした。100点目というのもありましたし、本当に、緊張しました」と振り返る。そんな大久保ではあったが、加藤が動くのを待ち、冷静に逆を突き、蹴った瞬間にはゴールを確信したという。

 等々力陸上競技場は、今季新加入の選手だとは思えないほどの熱狂的な声援で大久保を称え、サポーターからはJ1リーグ史上11人目の偉業達成を祝福する横断幕が掲出された。

サポーターの信頼を勝ち取ったゴール

 J2に降格した昨季のヴィッセル神戸では、リーグ戦年間わずかに4ゴール。ストライカーとしての得点力が影を潜める一方、気が短くカードを簡単に貰うというイメージばかりが根強く残っていた。だからこそ、大久保の加入を疑問に思うサポーターも少なくはなかった。大久保は、自らの存在理由を証明するために川崎フロンターレの選手としてのゴールが必要だったのである。そんな背景もあり、今季17節終了時点での12得点中最も意味があったゴールとして本人が言及したのが、第2節の大分トリニータ戦のゴールだった。

「あの大分戦で取れたから、乗れたというのはあると思います。あそこで取れていなかったら、どうなっていたか分からなかった。点が取れないままズルズルいっていたかもしれない。でも、あそこで一発取れたから、ここまで得点を重ねられたのかもしれないです」
 右サイドの田中裕介からのクロスをトラップし、素早く反転して決めたこのゴールは、技巧的な得点だったという意味でも、1点を先制された川崎にとっての同点ゴールだったという点でも大きな意味を持つものだった。チームメートはもちろん、サポーターからの信頼を得る手がかりとなったのである。続くアウエーのサガン鳥栖戦で連続ゴールを決めるが、こちらは0−4からの追撃弾であり、チームを勝利に導くものとはならなかった。

従来の大久保像を覆す警告の少なさ

 そもそも、シーズン序盤の川崎は攻守のバランスが悪く、また複数のケガ人が出たことで思うように勝ち星を伸ばすことができなかった。第6節を終えて3分け3敗の勝ち点3。その6試合全てで先制点を奪われるという苦しい戦いを強いられていた。

 そんな戦いの中、従来の大久保像を大きく覆す結果が残っている。警告の少なさである。第17節終了時点で大久保が受けた警告は、出場10試合目となった第11節のセレッソ大阪での1枚のみ。川崎が勝てない時期を含め、警告は明らかに減っていた。その理由はチームのスタイルに求められるのだと大久保は明かす。

「守備面でガツガツ行かなくてもいい分、フラストレーションが溜まることがない。守備が第一のチームの場合、そこから攻撃に行ったとしても人数が足りない。ただでさえ守備でイライラしているのに、攻撃がうまくいかなくてまたイライラする。そういうのがこのチーム(川崎)はないんです」

新鮮だった風間監督の攻撃理論

 実は大久保は「関東に行くくらいなら、海外に行く」と公言し実際に海外に移籍したことのある選手だ。関東での生活に不安を感じていたと言うが、そんな大久保が川崎への移籍を決断した理由の一つが、攻撃的なスタイルだった。

「パスサッカーで攻撃的で、何点取られても、もっと点を取りに行くよ、という姿勢だから、そこはすごく楽しみです」

 シーズン前にそう取材に答えていた大久保は、風間八宏監督から今まで聞いたことのなかったサッカー理論を教えてもらい、それを吸収していく。風間監督はアタッキングサードにおける崩しの手法を、具体的な言葉に翻訳し選手たちに指導してきた。それが大久保には新鮮だった。

「半歩ずらすとか。矢印を外すとか。こうした教えはサッカー人生では初めてのことです。オレは基本的に考えないタイプだから勉強になります。最初はなるほどということが多かったです」

 そうして、大久保が風間監督から教わった攻撃理論のうち、印象深かったものの一つが“動き過ぎないこと”だったという。

「ここに来る前は、結構前線で動いていた。それでパスが出てこなかったら次の動き。どこのチームもそうなんですが、出てこなかったら動き直すんです。でもそうして動きまわると、体力を奪われる。その中でディフェンスもしなければならない。けど、風間監督からは他のFWの選手も含めて『そんなに動くな』と言われています。貰いたい瞬間や、向こうがパスを出せるタイミングで動けと言われています」

 もちろん長年身に付いた習慣はそう簡単には抜けるものではない。

「ずっとやってきたことだから動いてしまっていた。でも、徐々に試合をやるうちに慣れてきて、今はほぼ動いていないんです。だけど、動いているように見えている。後ろに下がっていろいろしたりしている。だからやりやすいですね」

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著者プロフィール

1972年、大分県中津市生まれ。工学院大学大学院中退。99年コパ・アメリカ観戦を機にサッカーライターに転身。J2大分を足がかりに2001年から川崎の取材を開始。04年より番記者に。それまでの取材経験を元に15年よりウエブマガジン「川崎フットボールアディクト」を開設し、編集長として取材活動を続けている。

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