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サッカー王国ブラジルに響く球音
WBC初出場の陰にある日本人の力

ブラジル国内での野球の存在

ブラジルでは、ボールは蹴るものというのが常識。そんなブラジルに野球文化があるのだろうか
ブラジルでは、ボールは蹴るものというのが常識。そんなブラジルに野球文化があるのだろうか【Getty Images】

 第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)がついに開幕する。2日に予定されているA組のオープニングマッチは日本対ブラジル。野球の世界一を決める最高峰の大会に、プロリーグが存在しないブラジルが登場するとは、“ジャマイカでそり?”(編注:1988年のカルガリー五輪のボブスレー競技にジャマイカ代表が初出場した)のお話かと思うだろう。それに、日本から見たらサッカー王国ブラジルに野球文化があるのだろうか? と疑問に思ってもおかしくはない。


「ブラジルといえばサッカー。ブラジル人はみんなボールを蹴っている」


 ブラジルの男の子は、よちよち歩きを始めるころからボールを蹴って遊ぶ。ボールは投げたり、棒で打ったりするものではないというのがブラジルの常識だ。ブラジル人にベイジボウ(野球のポルトガル語)とは何か? と尋ねても分からないと答える人のほうが圧倒的に多い。


 しかし、ブラジルの野球には歴史があり、ブラジルの中には野球をする子供たちがいる地域が存在するのだ。それも一つや二つではなく……。


 日系人が多く住むかつての日本人移住地。明治41年(1908年)のブラジル移民政策開始から、昭和40年代くらいまでに約13万人の日本人がブラジルに移住した。サンパウロ州、パラナ州の各地には日本人移民が多く在住する町が点在し、そこで日本人会を作り、日本語学校、会館、運動場を作って、休みの日にはみんなで集まり、娯楽を楽しんだ。


 イタリア移民やドイツ移民がサッカーを娯楽にしたように、日本人たちは日本から柔道、卓球、バレーボール、相撲、野球などのスポーツを持ち込んだ。移住地対抗で大会が開かれたり、交流試合が盛んに行われたとされている。

日系人が広めた柔道、卓球、野球

 日系人のスポーツがベースになって発展していったスポーツもある。特に柔道の人気は高く、日本の競技人口を大きく越えるほどに成長し、ブラジルの国民的スポーツの一つとなったといっても過言ではない。低年齢の男の子がまず始める習い事が柔道というくらい一般化しており、ロンドン五輪では男女合わせて金メダルを含む4つのメダルを獲得している。


 卓球も日系人が力を発揮してきたスポーツだ。ブラジル卓球界を長くリードしているウーゴ・オヤマ(小山)は、バルセロナ五輪から6大会連続でブラジル代表として五輪に出場し、卓球界のみならず国民的アスリートとして有名だ。ロンドン五輪の卓球代表4人のうち実に3人が日系人なのもそれを物語っている。


 そして、野球だ。野球は日本人移民が来る前に米国が持ち込み、すでに存在していたが、スポーツとして広めたのは日本人移民だった。第二次世界大戦中は、敵国となった日本人が集団で集まることが禁止されていたが、終戦後の1946年に日本人移民たちがサンパウロ州でパウリスタ野球協会を発足させた。その後、90年になってブラジル野球連盟が発足し、現在では64クラブが所属している。


 小学校低学年から大学までリーグがあり、年代別の大会も行われている現在、主な競技者は伝統的に日系人で、ブラジルで野球といえば日本人のスポーツというイメージが定着している。今回のWBCブラジル代表メンバーの苗字(コンドウ、アサクラなど)を見ると、実に多くの日系人がいる。それだけでもブラジルの野球がいかに強く日系人と結びついているか分かるだろう。

競技普及に貢献する日本企業

 さて、このWBCブラジル代表のメンバー28人中、22人には共通することがある。サンパウロ近郊のイビウナという町にある各地のエリートを集結させたヤクルト野球アカデミーの出身なのだ。ブラジルヤクルト商工株式会社は66年から始めた生産販売の利益の一部を投入するなどブラジルの野球レベル向上に大きな貢献をし続けている。99年にはサンパウロから70キロほどのイビウナ市にグラウンド3面、宿泊施設、体育館などを完備したアカデミーを設立した。運営はブラジル野球連盟が担当し、年間約2300万円の運営費をヤクルトが寄付してバックアップする。サッカーでいうところの、ナショナルトレーニングセンター制度(トレセン制度)である。


 現在アカデミーに所属する選手は36人。ブラジルにはプロリーグがないので、野球で食べていきたければ海外に出るしかない。開校以来、米国のメジャーリーグベースボール(MLB)のマイナーリーグ、日本のプロリーグ、社会人野球などに選手を送り出してきた。その成果が実ったのが今回のWBC出場であり、本戦出場を決めたメンバーのほとんどが海外での経験を持つ選手たちだった。


 ブラジルヤクルト商工株式会社の天野一郎社長は、ブラジル代表がWBC本戦に出場を決めた時、「ヤクルトスワローズに在籍しているフェルナンデスの好投で、前評判の高かったパナマにきん差で2回も勝ったということは偶然ではなく、ブラジルはサッカーだけでなく野球でも真の力をつけてきていることの表れとして大いに評価、期待ができると思う」と手ごたえを口にした。


 アカデミーの生徒の割合も、当初は日系人が多かったが、現在は半数を非日系人が占めるようになった。


「非日系の選手も増えてきており、少しずつではあるが野球がブラジルで徐々に浸透して広がっていくと思う。そのために、今後もこれまでのヤクルト球場の維持、およびブラジル野球連盟への支援を継続し、ブラジルにおける野球の普及、振興を支えていきたい」と約束している。

大野美夏

ブラジル・サンパウロ在住。サッカー専門誌やスポーツ総合誌などで執筆、翻訳に携わり、スポーツ新聞の通信員も務める。ブラジルのサッカー情報を日本に届けるべく、精力的に取材活動を行っている。特に最近は選手育成に注目している。忘れられない思い出は、2002年W杯でのブラジル優勝の瞬間と1999年リベルタドーレス杯決勝戦、ゴール横でパルメイラスの優勝の瞬間に立ち会ったこと。著書に「彼らのルーツ、 ブラジル・アルゼンチンのサッカー選手の少年時代」(実業之日本社/藤坂ガルシア千鶴氏との共著)がある。

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