「パーフェクト」がふさわしい男、ハラデーの偉業

上田龍

「ボールスリー」を苦にしない卓越した投球術

完全試合を達成し、捕手ルイス(右)と抱き合って喜ぶハラデー。左は一塁手のハワード 【Photo:AP/アフロ】

 A great feat, but not amazing──5月29日(現地時間)の対マーリンズ戦で、ロイ・ハラデー(フィリーズ)が達成した完全試合は、多くの野球ファンにとってはたしかに「偉業」であったものの、けっして「ハプニング」や「サプライズ」ではなかった。むしろ「やるべき人がやった」印象が強かったとさえいえるだろう。

 この試合、アウト27個のうち、「ボールスリー」のシチュエーションが7回(3ボール1ストライク=1回、3ボール2ストライク=6回)あった。1個の四死球も、(ファウルフライ落球を除く)エラーも許されない中で、「あとのない」ボールスリーは投手にとって有利なカウントではなかったはずだが、ハラデーにこの「常識」はあてはまらなかった。結果は奪三振3、内野ゴロ、外野フライ各2で、ストライクゾーンぎりぎりの際どいコースに投げ込まれた球に対し、球審のマイケル・ディミューロは迷うことなく右手を上げた。
 ハラデーはストライクゾーンだけでなく、その周辺の「ボール」ゾーンまで目いっぱい利用する。150キロ前後の速球を軸に、同じ速度のまま打者の手元で急速に沈む高速シンカーとカットボール、チェンジアップ、目の高さから急激に落下するナックルカーブを、上下左右に緩急自在で投げ分けるその投球術において、勝負球で打者の打ち気を誘ったり、逆に際どいコースを見送らせるための伏線として、わざとボールスリーにすることさえある。ハラデーは普段からマウンドでほとんど表情を変えないが、これほど「自信を持って」3ボール目を投げ込むピッチャーは、メジャー30球団の投手でも彼ぐらいだろう。

完投、完封数ともにメジャー現役トップ

 1995年のドラフトでブルージェイズから1巡目(全体17番目)指名を受けて入団したハラデーは、98年9月にメジャーデビューを果たすと、2試合目の対タイガース戦で9回2死までノーヒット、惜しくもソロ本塁打を浴びて1点を失ったものの、早くも初勝利を完投で飾った。2002年に19勝(7敗)をマークしてエースの座にのし上がると、翌03年には22勝7敗でサイ・ヤング賞を受賞した。ちなみに、ヤンキースで同じ03年にメジャーデビューした松井秀喜(現エンゼルス)が、初打席で初安打初打点を記録した相手がハラデーで、昨年までの通算対戦成績は59打数14安打、打率2割3分7厘ながら、4本塁打9打点としばしば痛打を浴びせている。この年、2完封を含む9完投でア・リーグ1位になって以来、今回のパーフェクトを含めた54完投、18完封はいずれもメジャー現役投手中トップで、03年からの7シーズンのうち5度、完投数でリーグ1位を記録し、今季も11試合中5試合で9回を投げ切っている。

 これほど完投が多く、前述したようにボールスリーになるケースもしばしばあるにもかかわらず、その投球内容は驚くほどの「省エネ」ぶりだ。ブルージェイズでローテーション入りした02年から今季まで、9回以上(延長戦2試合含む)を投げ切った試合は合計で47試合(39勝8敗)あるが、平均の球数は109球で、100球未満が7試合、延長10回を投げて勝利投手となった03年9月6日の対タイガース戦は99球、07年4月13日の同戦も107球(両試合とも70球がストライク)に過ぎなかった。1イニング平均の球数は12.1球で、松坂大輔(レッドソックス)がデビュー以来17.4球を費やしているのに比べても、ハラデーの“エコ”ぶりは際立っている。今季を含めて通算22回の無四球試合を記録している一方で、過去シーズン奪三振200個以上を3度マークし、四球1個に対する奪三振の比率(K/BB)は現役8位の通算3.35だが、サイ・ヤング賞を受賞した03年に6.38を記録して以降、08年5.28、09年5.94とリーグ1位を記録している。

大投手サイ・ヤングをほうふつさせる「エコ投法」

 身長約198センチの恵まれた体格を生かしてコンスタントに150キロ前後の速球を繰り出し、完投数や投球回数も最近の先発投手としては傑出して多いその能力を考えれば、毎年250〜300個の奪三振も可能なはずだが、ハラデーのピッチングからは「投手にとって最も重要なのは目の前の打者を打ち取ることであり、アウトを取るための選択肢は奪三振だけではない」との投球哲学がうかがえる。実際、今回の完全試合では通算の9回平均6.6個の倍近い11三振を奪ったものの、内野ゴロ8、内野フライ2、外野フライ8、しかも内・外野の7人のうち、ライトのジェイソン・ワースを除く6人が打球を処理する「アウト選択肢」の広さを見せつけて偉業を達成した。ボールスリーからのアウト7個を含め、まさにハラデーの真骨頂というべき投球内容だったといえるだろう。

 メジャーリーグでの完全試合達成は今回のハラデーで20人目になるが、バッテリー間の距離が現行の18.44メートルになってからは、1905年5月5日の対フィラデルフィア・アスレチックス戦で達成したサイ・ヤング(レッドソックス)が第1号(史上3人目)だった。ヤングは、サイクロン(大竜巻、大暴風)を略した“サイ”のニックネームを献上されるほどの豪速球を誇り、歴代最多の通算511勝、749完投、7356投球回など数々の偉業を樹立したが、一方で完投しても100球未満の「エコ投法」を身上としており、ハラデーのピッチングスタイルにはどことなくそれに共通するものがある。ヤングの輝かしいキャリアに完全試合が存在することには何の違和感もないが、「未来の300勝投手」の呼び声も高いハラデーも、あるいは50年後、100年後の野球ファンに、同じような印象を抱かれる存在になるのかもしれない。

<了>
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著者プロフィール

ベースボール・コントリビューター(野球記者・野球史研究者)。出版社勤務を経て1998年からフリーのライターに。2004年からスカイパーフェクTV!MLB中継の日本語コメンテーターを務めた。著書に『戦火に消えた幻のエース 巨人軍・広瀬習一の生涯』など。新刊『MLB強打者の系譜「1・2・3」──T・ウィリアムズもイチローも松井秀喜も仲間入りしていないリストの中身とは?(仮題)』今夏刊行予定。野球文化學會幹事、野球体育博物館個人維持会員

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