今振り返る、イチロー暴行計画記事の発端=木本大志の『ICHIRO STYLE 2008』
イチローのプレーを嫌う選手はいる
ただしあのころ(記事ではシーズンの初めとなっているが)、ベイカー記者の肩を持つわけではないが、ミーティングそのものは本当に多かった。
マリナーズは5月、ニューヨークに2度遠征しているが、確か最初の遠征で連敗を喫したときに長いミーティングが試合後にあった。記者らはクラブハウスの外で終わるのを待っていたが、マクラーレン前監督の怒号がクラブハウス前の通路にまで漏れ、何かを床にたたきつけるような音まで聞こえてきた。
ようやくクラブハウスに入るのが許されてから、ライアン・ローランド-スミスに、「マクラーレン監督の声が外まで聞こえてきたけど、こんなことはことし初めて?」と聞くと、「いや、最近は多い」と苦笑したことを覚えている。
いずれにせよ、イチローのプレースタイルに端を発したミーティングの存在が確認できず、地元メディアにとっては記事を検証する上で障害となった。だが、「イチローのプレーぶりを嫌っている選手がいる」という点ではほぼ一致していた。
マリナーズ大敗のスケープゴート
「チームには、登録選手だけで25人。そのほか、けが人などを含めれば、常に30人以上の選手が一緒に動いている。プレースタイルに関して全員が同じ価値観を持っている方がむしろおかしい」
彼らが、ミーティングの存在にこだわったのはそこ。何十年もメジャーを取材している彼らにとって、そうした価値観の相違に遭遇するのは当たり前のこと。対象がイチローだったことで大きく注目されたが、それ自体はありふれた物と見ていたのだ。
そうしたことが表面化し、クラブハウスの問題が否定できない――だからこそ勝てなかった、という見方も当然あるだろうが、リグルマン監督代行はそれも否定している。
「強いチームは問題があっても結局は勝つ。フィリーズなんてそうじゃないか。結局、負けているからそういうところに目が行くだけであって、それは決して敗因ではない」
この言葉には賛同者が多かった。
ブルワーズでもカブスでもレッドソックスでもホワイトソックスでも、似たような問題が報じられたが、彼らは今季プレーオフに進出した。
「リーダーシップがないとか、クラブハウスに問題があるから勝てないとか、そういう指摘は古い」ともリグルマン監督代行は話し、「結局負けたから、『誰々が悪い』と互いが指を指し合うに過ぎない」と、問題の全体像について、そうまとめた。
頭からダイビングキャッチしないイチロー
イチローは、決して頭からのダイビングキャッチをしない。けがのリスクが増すためだ。けがをしてチームを離れれば、結果としてチームに迷惑がかかる、という考えがある。
しかし、メジャーではダイビングが好まれる。記者にも選手にも。よって、「なぜイチローは頭から突っ込まないんだ?」ということになるが、おそらくイチローは、同じ打球を走りながら、もしくはお尻で滑りながら捕っている。もっと容易に。それが理解されているかどうか。
少なくともシアトルの地元記者は、もうそのことを理解しているから、そういう批判記事が出ない。ジェレミー・リードもマイク・モースも、頭から突っ込んで大けがをした。それを説明する例にも事欠かない。
今回の記事がそうしたことに端を発しているかどうかは、「クラブハウス・インサイダー」やイチローに暴力まで振るおうとした選手に話を聞いてみないことには分からない。しかし、彼らが名乗り出る可能性はゼロに等しく、真相は憶測の域を出まい。
結局、幸か不幸かタイミングよくマリナーズはオフシーズンに入ってしまったので、この件はこのままうやむやとなり、選手やファンを含め、多くの人の記憶から消えてしまうだろう。
オチもなく、なんだったんだ? という歯切れの悪さみたいなものだけを残して。
<了>