野茂を導いたもう一人の“パイオニア”

上田龍
 昨年12月、野球殿堂のベテランズ委員会は1950年代から70年代までドジャースのオーナーを務めたウォルター・オマリーの2008年度の殿堂入りメンバーに選出した。そのウォルターから70年、ドジャースの実質的な経営権を引き継いだ息子のピーターは、オリンピック正式種目昇格や、韓国、台湾でのプロ野球発足への協力、中国での野球場建設や指導者派遣などベースボールの「国際化」にも尽力した。そして、その片腕として活躍したのが、オーナー補佐を務めた“アイク”こと生原昭宏だった。

無給でドジャースへ

 早稲田大野球部出身の生原は、卒業後61年に、25歳の若さで当時東都大野球リーグ3部だった亜細亜大野球部の監督に就任。わずか3年で1部昇格を果たした。そして65年、日本プロ野球界誕生の大功労者として知られる鈴木惣太郎氏(当時巨人顧問)の紹介で、無給の研修生(インターン)としてロサンゼルス・ドジャースの一員となった。生原がドジャースを希望したのは、学生時代に来日中のドジャースをテレビで観戦し、ジャッキー・ロビンソンらのプレーに魅了されたのがきっかけだったという。

山本昌への影響

 生原の修業は、傘下のマイナー球団GMに就任したピーターの下、クラブハウス係として働くことから始まった。その仕事の中身は、掃除やユニホームの洗濯、スパイク磨きなどの雑用。英語もまだ十分に話せず、人種偏見がまだ根強かった時代の米国で、生原は若い選手から「お前がスパイクを磨くと打てなくなる」と心無い言葉を投げつけられることもあったが、懸命に仕事をこなしていった。その仕事が2季目を迎え、フロント業務も任されるようになった生原に、ウォルターが大きなプレゼントを贈る。「家族は別々に暮らすものではないよ、アイク」と、日本に残っていた妻子を米国に呼び、一家が一緒に暮らせるよう手配したのである。やがてピーターがマイナーでの修業を終えてドジャースの副社長に就任すると、生原もそれに従ってロサンゼルスに移り、ドジャースのフロントで働くようになった。

 朝4時半には出勤し、夜遅くまでオフィスで黙々と働く毎日。体調を気遣う夫人に生原は「日本人である自分が実力社会の米国でやっていくためには、(球団に)ほかの人間より役に立つと思われなければダメなんだ」と語り、その勤務スタイルを変えようとはしなかった。そんな熱心で誠実な仕事ぶりが認められて、生原はやがてピーターの秘書、さらにオーナー補佐・国際担当の要職に就き、ピーターがオーナー業とともに取り組んでいた野球の「国際化」の使者として世界中を飛び回った。

 巨人や中日がベロビーチでキャンプを行った際にはその世話役を務め、78年に日本で本格的なメジャーリーグ中継が始まった当時は、解説者として放送ブースにも座り、母国でのメジャーリーグ認知に尽力した。また、日本の球団からドジャース傘下のマイナーに「武者修行」で派遣された若い選手たちのコーチ役も務めた。その薫陶を受けた後、最多勝投手にまで上り詰めたのが山本昌(中日)である。

野茂と出会うも…

 88年の秋、生原は東京で開催された「日米ベースボール・サミット」に参加し、有望なアマチュア選手の指導にあたった。その中には当時社会人・新日鉄堺に所属し、ソウル五輪の銀メダル獲得にも貢献した野茂英雄の姿もあった。その後、近鉄(現オリックス)での活躍を経て、野茂は95年にドジャース入りを果たすが、ピーター自らが立ち会った入団発表の席に生原の姿はなかった。92年10月26日、生原は不治の病に倒れ、野茂やそれに続く日本人選手の活躍を見届けることなく、55年の若すぎる生涯を閉じていたのである。「アイクに彼らの活躍を見せてあげたかった」とその死を惜しむ声はいまだに多い。

 2002年、生原は日米野球界の架け橋となった生前の功績が認められて日本の野球殿堂に選ばれたが、その表彰式にはすでにドジャースの経営から身を引いていたピーターも米国から駆けつけた。いま、生原はロサンゼルス郊外のホーリークロス墓地で、ウォルターの隣に並び、静かに眠っている。

<了>

※次回は2月5日に掲載予定です。
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著者プロフィール

ベースボール・コントリビューター(野球記者・野球史研究者)。出版社勤務を経て1998年からフリーのライターに。2004年からスカイパーフェクTV!MLB中継の日本語コメンテーターを務めた。著書に『戦火に消えた幻のエース 巨人軍・広瀬習一の生涯』など。新刊『MLB強打者の系譜「1・2・3」──T・ウィリアムズもイチローも松井秀喜も仲間入りしていないリストの中身とは?(仮題)』今夏刊行予定。野球文化學會幹事、野球体育博物館個人維持会員

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