“伝える情熱”=バドミントン漫画 『スマッシュ!』 咲香里氏

五味幹男
<スマッシュ! あらすじ>

 中学生最後の冬休み、高校でバドミントンを続けることを迷っていた主人公・東翔太(あずま・しょうた)は、鬼頭優飛(きとう・ゆうひ)と偶然出会い、試合をする。そこで翔太は、言葉を失っており、どこか気弱そうでもある優飛のセンスと強さに魅せられる。彼女ともう一度会いたい、そしてもう一度シャトルを打ち合ってみたい。「本物」に出会った翔太はその後、同じように「本物」を感じさせる羽柴亜南(はしば・あなん)との試合を通じて、バドミントンの名門、東城第二高校への進学を決意する。2人の強さにあこがれ、自分も強くなりたいと思ったのだ。
 東城第二高校に進学した翔太は、まっすぐな決意で努力を続け、やがて頭角を現わしていく。全国制覇を目指す指導者、チームメートと同じ時間を過ごしながら、恋に落ちた優飛に、ダブルスを組む亜南に、1日でも早く追いつきたいという思いが眠っていた才能の開花を後押しした。その思いの強さは、恋人である優飛の転校、アキレス腱断裂とういうアクシデントも「強さ」に変えていく。
 チームの中心選手として全国高等学校選抜で団体・シングルスともに優勝。新たなるライバルとの出会い。そして、亜南とともに選出されたU−19ナショナルチーム。翔太の高校バドミントン2年目が始まった。

人生で初めてハマったスポーツがバドミントン

近年、オグシオ(小椋久美子=手前、潮田玲子=奥)の人気もあり注目度が上がってきたバドミントン。しかしアテネ五輪以前のバドミントンを取り巻く環境は、寂しいものだった 【写真は共同】

 翔太の思いは、咲香里がバドミントンを描こうと思ったきっかけにどこか似ている。
「実際に実業団の試合を観ると自分のバドミントンとは何もかもが違う。どうしてあんなことができるんだろうと考え始めたら楽しくなってきたんです」

 漫画一筋。スポーツにあまりいい思い出はない。かろうじて記憶の片隅にあるのは父親が観ていた野球の巨人戦ぐらいという学生時代を過ごした。バドミントンをやったことがないわけではないが、それはレクリエーションで、学校にもバドミントン部はなかった。 そんな咲がスポーツとしてのバドミントンに出会ったのは8年ほど前のことだった。
 経験者とバドミントンをする機会があったのだが、ラケットの大きなフェースに小さなシャトルをきちんと当てられない。素人同士なら笑って済ませられる出来事も、涼しい顔でシャトルを打ち返してくる経験者の前ではそうはいかなかった。
「上手になりたいというよりは、きちんと当てたい。それしかなかったですね」
 人生で最初にハマったスポーツ、それが咲にとってのバドミントンだった。
 社会人サークルに入り練習していると少しずつ上達していく自分が分かる。するとトップレベルが見たくなる。実業団の試合に頻繁に足を運ぶようになったのもこの頃だった。

 しかし、咲はここでトップ選手のパフォーマンスに驚きながらもバドミントンというスポーツが持つ別の一面も知った。
「実際にやってみると分かるのですが、バドミントンは本当にハードなスポーツです。でもそれがあまりにも世の中に伝えられていない。選手は血のにじむような努力や大きな負担に耐えて競技を続けているのに、観ている人があまりにも少ないことにがくぜんとしたんです。だったら、バドミントンのことをもっと多くの人に知ってもらうために漫画にしてみたらどうかと思ったんです」
 今でこそオグシオ(女子ダブルスの小椋久美子・潮田玲子組)の人気もあり注目度が上がってきているが、咲が観戦や取材を始めた2004年アテネ五輪以前のバドミントンは、まさにマイナースポーツと呼ぶべきものだった。数少ない観客も関係者が多くを占め、マスコミもほとんどいない。自分がどんどんバドミントンの魅力の虜になっていく中で、その光景は咲の目に寂しい光景として映った。

 咲のバドミントン漫画第1作目『やまとの羽根』は、「ヤングマガジンアッパーズ」(講談社・休刊)で2003年から連載された。
 ストーリーは、下手だけどバドミントンが大好きな鳥羽大和(とば・やまと)が偶然に出会った小学生チャンピオンとの対戦を夢見ながら成長していくというもの。ルールからグリップの握り方、球種の説明や戦略の考え方など細かい点にまでおよぶ描写からは、咲自身がバドミントンを知っていく過程がうかがえる。
 本作では登場人物が発する言葉も印象的だ。
「プレッシャーがあるときほどクレバーに」「技の多い方が有利だが、決定的弱点があると狙われる」
「(シングルスは)コート全体をひとりで守れてゲームを攻略できるオールラウンドのショットが打てることが最低条件」
 これらは咲が実際に自分の体でプレーしてきたからこそ言える言葉だ。現在連載中の『スマッシュ!』を読んでもっとバドミントンのことを知りたいと思っている読者は『やまとの羽根』を読んでみるといいかもしれない。ちなみに『スマッシュ!』には、高校生になった『やまとの羽根』の主人公、鳥羽大和が翔太のライバルのひとりとして登場する。

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著者プロフィール

1974年千葉県生まれ。千葉大学工学部卒業後、会社員を経てフリーランスライター。「人間の表現」を基点として、サッカーを中心に幅広くスポーツを取材している。著書に『日系二世のNBA』(情報センター出版局)、『サッカープレー革命』『サッカートレーニング革命』(共にカンゼン)がある

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